ベーカリーアドバイザーの部屋

難解な製パン理論を、楽しく解説。 どうして??と思ったらのぞいてみて下さい

理想の上司になるために・・・

一日の労働時間が実質8時間で5日労働、これで週に40時間労働・・・


お昼休憩は必ず1時間あり、残業もたまにはあるが残業手当としてきちんと支払われる・・・

一日の労働時間が12時間を超えるような職場環境にいるパン屋さん、お休みはあっても週に一日あればバンザイで、それも半日は翌日の準備で飛んでいく、残業って???何時から何時までのこと??・・・

働き方改革とか言われていますが、職種によってはまったく現実的ではない労働時間の実態というものがありますよね。

パン屋さんもそれではいけないという事で、中小以上の企業では機械化を推進しながら、少しでも一日の労働時間を短縮しようと試みている訳ですが、実際にはそれは手作りパン屋に限って言えばピント外れでしかなく、小規模店の労働時間に限って言えば、現実的にはどうしようもない状況はこれからもずっと続いていくことになるのです。

そんな環境でずっと働いてきた私からすれば、むしろどうすれば一日8時間で仕事が終われるのかが不思議なくらいですが、こだわればこだわるだけ一日の労働時間は長くなるのが手作りのサダメなのであり、だからこその差別化だけが武器であるということになるのかもしれませんね。

労働時間という言葉自体がなんとなく重苦しい雰囲気を醸し出している気もしないではないのですが、要するに職場で過ごす一日として、長すぎるのか適切なのかということでしょう。

とにかくパンのことが学びたくてしょうがない・・・という人からすれば、起きている間はすべてが勉強であり、その他の時間は必要ない。 その時間が労働なのか勉強なのかの判断すらどうでも良く、とにかく学びたいのですから、ある意味モチベーションは高まりっぱなしでしょう。

相反して単純に就職としてパン屋の門をくぐってきた人にとっては、どこで休憩してよいのか、どこでお昼を食べればよいのか、いつ帰れるのかがさっぱりわからない・・・そんな環境に遭遇し、速やかに逃げ出そうとする人もいれば、ある程度状況がつかめたところで、やっぱり無理だと辞める人もいれば、だんだんパンの魅力にはまっていって続けていくという人もいるのが現実でしょう。

当然のことですが、好きにならなければ続けることなど出来ないほど、拘束時間に関して言えば超長いのが焼きたてパン屋の仕事なのです。

そんな、一日の労働時間が軽く12時間を超えるような職場環境の中にあって、どうせ長く働かなくてはならないのなら、少しでも楽しい時間にしよう、有意義な時間にしようと私は常に考えているのですが、皆様の場合はいかがでしょうか。

自らの経験を思い起こす時、いわゆるつまらない上司の下で働かなくてはならない時間ほど辛いものはありませんでした。

相反して、常に職場を盛り上げてやる気を引き出してくれるような魅力的な上司と過ごす毎日というのは、これほどまで満ち溢れた時間があるだろうかと思うほど素晴らしい時間でした。

職場に二人以上で働いていれば、そこには必ず人間関係というものがつきまといます。

気が合う合わないということもあるでしょうが、上に立つ人の姿勢や態度一つで、その下で働く人の一日がより良いものになることもあれば、最悪になることもある・・・

どうせなら、皆が出来るだけ楽しく、そして有意義に働ける環境を作ってあげることが、ひいては自分の為にもなり、もちろんそれはお店や会社の為にもなるのだということを再認識し、今の自分の態度は職場の仲間にとってどう写っているのであろうかと考えてほしいと思うのです。

自分が責任者である場合には、自分の態度を変えるだけで職場の雰囲気はいくらでも変えられます。

しかし、責任者ではないのでどうしようもない・・・と諦めたらそれまでですから、自分にできることも必ずあるということを知ってほしいと思うのです。

ということでここでは、今現在の職場環境がイマイチで、どうすれば少しでも明るく楽しい職場にすることが出来るでしょうかと悩んでいる、工場長・主任・チーフ・パートリーダーと言ったようなある程度の部下をもつ立場の人に捧げたいと思います。

そもそも、明朗快活で見た目もそこそこ、技術もあり人望もあり人脈もあり・・・なんて方でしたら、グイグイと部下を引っ張って盛り上げることなど朝飯前だと思うのです。

そうではなく、人付き合いが苦手で内向的であり、ただひたすら仕事をしていたら責任者にされてしまった・・・

あるいは、好きとか嫌いとかではなく、仕事だからという責任感だけで長く続けてきたら、知らぬ間に責任者になっていた・・・というような方に、「どうしたら部下のモチベーションを上げることができるのか」というお悩みが多いようなのです。

会社と言いましても、どこもかしこも人材の宝庫であるという訳にはいきません。

本来なら人の上に立つリーダーとしての資質なり実力なりがある人を責任者にしたいと考えていたとしても、たまたま他にそのような方がいない場合には、必然的に年功序列的判断をすることもあるでしょうし、経験年数から判断することもあるでしょうし、時には期待値だけで判断されることもあると思うのです。

どうして自分が・・・と落ち込む人もいるでしょうし、ならば頑張って・・・と思う人もいるでしょう。

しかし、人生においてもいつまでも子供でいられるはずもなく、やがては大人になり親になり、ずっと今と同じままでいたいという訳にはいかずに、必ずと言ってよいほどチャレンジをしなければならない時期はやってくると思うのです。

いかなる状況であろうとも、受け入れるしか無いのが人生と言うものなのかもしれませんよね。

さて、どのような人選であったにせよ、部下を持つ立場になってしまったら、どうせならよりよい職場環境を作り上げよう、部下に慕われる人間になろう、実績を上げられるチームを作ろうと張り切りたいところです。

個人的には全く自分に自信がなかった若かりし頃に、やはり責任者という立場に立たされた時、認められたという嬉しさと、学級委員など程遠かった自分が、今チームの代表に選ばれることが出来たというとんでもない緊張感が混在し、舞い上がっていた事を思い出します。

同じように社会に出て初めて人の上に立ったという経験をお持ちの方なら、皆それぞれに当時の自分の気持ちが強く思い出に残っていると思うのです。

”理想の上司になりたい”

皆さんがそう思われていたかどうかは解りませんが、私はそのように固く誓ったのでした。

その時以降ほぼず~~~~~っと、時には直属の部下であったり、時にはクライアントのお店であったり、職場環境はめまぐるしく変わってはいましたが、人に教える立場からは逃れることができないでおります。

実に色々な職場の雰囲気というものがあり、実に色々な責任者がいる訳ですが、このカテゴリーではその中から幾つかをエピソードとして紹介しながら、少しでも理想の上司を目指すきっかけにしてほしいと考えます。


まだ若かりしころ、私をはじめて責任者へと抜擢してくれた上司がおりました。

当時私はパン作りがちょうど面白くなってきていたころで、パン人生3年目くらいだったと思います。

当時の会社にはいくつかの支店があり、そのエリアを統括する部長であった彼は、とにかく人の悩みを聞く天才でした。

担当する支店のほぼすべての人と一対一で時間を掛けて話し合い、悩みや提案などを丁寧に聞いてくれるとても素敵な人でした。

恐らくほぼ毎晩、誰かの話を聞いていたと思います。

どんなに些細な事でも、けしてバカにせずに聞いてくれましたので、パートさんからは絶大な人気がありましたし、女子社員からは熱い眼差しをあびていました。

悩みはどこまでも親身になって聞いてくれますし、提案や成果については徹底的に褒めてくれるので、その人が責任者として赴任してきた数ヶ月間は、販売員は皆キラキラしていましたし、製造員もやる気に満ちていました。

それ以前の責任者が悪いわけではなかったのですが、その人は特別すごい人で、高学歴高身長でしかもイケメンでした。

優しさがにじみ出てくるような笑顔でいつもあいさつをしてくれて、その頃の私はまったく疲れを感じるどころか、やる気に満ち溢れていました。

そんなある日その責任者からお呼びがかかり、違う支店に責任者として行ってくれないかと相談されました。

その時に私がいた職場では、私は一番若く、しかも一番の新入りでしかなく、工場長と主任と呼ばれる先輩がいました。

そして、相談された支店にも同じように責任者の大先輩が当然いるわけです。

しかし、そちらの支店では売上が低迷しており、商品が不安定なことなどが問題になっており、何とかして欲しいというお話でした。

「君の働きをいつも見ていて、君しかいないと思っていた・・・」

そんな夢のような褒め言葉をいただき、それまでの人生で感じたことのないようなやる気が漲ってくるのを感じていました。

頭が良いわけでもなく、責任者としての才覚があったとはとても思えないでいた当時、日々の努力というものを評価してくれた上司がいたということに、飛び上がらんばかりに喜びを感じるとともに、新しい人生がここから始まるという決意を持ったのでした。

それ以降、血の滲むような苦労といいたくなるような日々が続いていきましたが、私にとってはそのような苦労よりも、なぜか私を選んでくれた上司がいたということに対する感激のほうが勝っており、その後も数々の支店を任されていくことになるわけですが、どういう訳か根性無しの私が逃げたいと感じることはありませんでした。

若かったからか、それとも女房子供がいたからか、今ならすぐに逃げ出してしまうであろう過酷な労働条件と、先輩責任者である人達を部下として働かなければならないストレスは相当きついものであったことは確かなのですが、それでも続けられたのはやはり、信頼を裏切りたくないという思いであったのだろうと感じています。

「私は絶大なる信頼を得ている」

「努力を見てくれている人は必ずいる」

そう思えることが如何に重要か、その後の私の人生においても、そのことだけは忘れないでおこうと心に刻んだのでした。

「私はあなたを信頼している」

「あなたの努力は私が見ている」

そのような気持をいつも相手に伝えることは、とても大切であると考えています。

指導力というようなものを磨くのはとても大変ですし、だれでもが習得できるものではないと思います。

リーダーとして、人の上に立つものとしての要素は数え切れないほどあるはずですが、あまり背伸びをして習得しても、結局長続きはしないものです。

私もこの時の上司のようになりたいと思い、笑顔を絶やさないこと、人の話をとことん聞く事などを目指しましたが、似合わないことは続かないと痛感しましたね^^;

その後、この素晴らしき理想的な上司が大いに変貌することになるのですが、それはまた次の話・・・

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