ベーカリーアドバイザーの部屋

難解な製パン理論を、楽しく解説。 どうして??と思ったらのぞいてみて下さい

私と信仰 その2

人は何故、信仰を求めるのだろう・・・・・

何か拠りどころが無いと、不安だということなのだろうか・・・・・

学会二世としての生活を余儀なくされてきた私の経験からすると、へたな信仰を持たない人々の方が、よほど自由に神社にお参りに行くことが出来たり、へたな先入観や教義の違いが無い為に、信仰者に対しても偏見を持たないで済むので、うらやましく感じている。

自らの信仰に没頭すると、それ以外の信仰はすべて邪宗、すなわち誤った教えであると洗脳されるからである。

私の場合、幼少からの記憶にこんなものがる。

遊びに行く家がキリスト教だと、上がってはいけないとか、遠足や修学旅行などで鳥居があると、くぐってはいけないとか、お守りなどはもっての外で、とにかく宗教がからむような場所では、非常に気を使うのであった。

私は、子供ながらによく親に聞いてみた事がある。

「お土産屋さんなどで買ったお守りを持っていたり、他の宗派のお寺などに近ずいたりするだけでもいけないということは、それらにそれなりの力があるってことでしょ・・・・・」

「その力は人を救う力ではないの????」

すると母はこう言うのであった。

「力は力でも、間違った力なの・・・・・それだけに恐ろしいのよ」 と・・・・・

どこへ行ってもお寺や神社というものはよくみかける。

鳥居もあちらこちらにあるが、遊びに夢中でついくぐってしまった時などは、しばらくの間は何が起きるか心配で仕方がなかった。

他人の車に乗せていただく時なども、お守りが付いている車だと、何かが起きるのではないかとヒヤヒヤものだった。

今でこそ様々な宗教が幅をきかせるようになっているが、私の幼少期にはキリスト教くらいしか目立ったものはなかったし、友達やご近所にも、キリスト教の人がたくさんいた。

日曜になると、友達に教会へ誘われたりしたこともあったが、行きたい気持ちはあるのだが、当然断る事になるのであった。

キリスト教の人達は皆優しそうで、私にはとても穏やかに見えてうらやましかった。

しかしそれを母に言うと、それはまやかしであると教えられた。

小学生の当時から、なぜ違う宗派の人の家には上がってはいけないのか、なぜ教会に入ってはいけないのか、なぜ遊びでもアーメンと言ってはいけないのかなどなど、信仰と言うのは実に縛りが多く、面倒だなと感じていた事を思い出す。

学会組織は、年代や性別によって様々に分類されている。

当時と今では若干の違いはあると思うが、小学生は少年部、中学生は中等部、高校生は高等部、大学生は学生部、そして社会人になると青年部となり、45歳位からは壮年部となり、一般の定年ほどの年齢になると指導部となる。

それぞれが男女に別れており、青年部は女子部と男子部、そして女性は女子部を過ぎると婦人部となる。

そんな中でも、とりわけ活動が活発なのが、エネルギーがある男子部ということになる。

一般の組織のように、それぞれに部長とか本部長というように役職があるのだが、その役職を得るのには条件がある。

私としては、そのあたりに一番肝心なのは信仰心の強さなのではないか・・・・・などと思ったものだが、やはり組織となるとそう単純なものでは済まない。

その指標となるのが、前回書いた折伏という布教活動によって、何人この信仰に入れる事が出来たかということである。

さらに重要なのは、教学と言って、これも前回書いたキリスト教で言う所の聖書にあたる御書を、どの位勉強しているかということである。

この教学と言うのは、当時は毎年教学試験というものがあり、それに合格すると助師・講師・教授などという位をもらえるようになり、どの位を持っているかが、その人の教学のステータスとなるのである。

そして更に大切なものがある。

それは、新聞啓蒙といって、いわゆる皆様良く御存じの聖教新聞を、何人の人にとってもらっているかという数が重要視される。

なので、私のように学会の家に生まれ、いやおうなしに生まれた時から学会員である境遇というものは、学会においてはサラブレッド扱いになり、嫌でも幹部になる為に頑張る以外に道はなかった。

小学生のころから毎日御書を勉強させられ、中学生位からは新聞も友達に薦めたし、学会がほぼ毎月行っている座談会という会合には、良く友達も誘った。

そして、よくきみ悪がられた。

御書と言うのはとても分厚く、そして字がとても小さく、ほぼ全てが漢字で書かれている。

一ページ読むのに、別の解説書などを見ながら訳していくので、1時間以上もかかる。

そんなものをず~っと勉強させられるのだが、正直面白くもなんともなかったし、大嫌いであった。

前回も書いたが、南無妙法蓮華経という題目を、何遍唱えるかというのが最大の修業である為に、それも少年部という小学生の頃から、題目表と言うものを付けられ、何遍唱えたら表に色を塗るみたいなことを散々やらされた。

友達が遊んでいるのに、自分はどうでもいい題目を、ずっと仏壇の前で延々と数時間にわたって唱えなければならなかった。

私の家は、毎月の座談会の会場として使われていたので、その日になると数十人の学会員達が集まって、題目だ学会歌だと大騒ぎであった。

とはいえ、平屋の一軒家の借家であった為に、そんな日は私達子供は押し入れで寝かされる事となるのであるが、当然うるさくて眠れるはずもない。

座談会という会合は、創価学会の伝統行事であり、その場に何人の会員、または友人が参加したかがとても重要となる。

いかなる会合もそうであるが、人数は常に把握され、何人を結集したかは毎回集計して本部へ報告するのである。

なので、その座談会を盛り上げる為に、企画を考える会合や、その他にも男子部だ女子部だという各部の会合が月に何回もあり、その他の日には、あまり熱心に参加してこない学会員の家に家庭訪問に行くのであった。

私は小学校では地域の少年部の部長、中学校ではかなり広い地域の中等部長、そして同じく高等部部長を歴任し、ほぼ毎週日曜日には会合に参加していた。

なので、その頃になると、学校の部活動に入るのは無理な状態であった。

そんな毎日も、当時はさだめだと思っていたし、何よりもそれ以外の生き方を知らなかったし、親孝行している実感というのもあったことは事実なので、それなりに一生懸命に信仰に励んだものだった。

男子部になると、仕事との両立がとても大変である。

男子部の会合の多さや活動と言うのは、とにかく半端ではない。

仕事をしている時間以外は、ほぼ学会活動と言う事になる。

やらなければならないのは、自分自身の折伏や新聞啓蒙活動、そして会合の企画や運営、そしてその為の家庭訪問などがあり、パン屋の私は毎日朝が早いのだが、学会活動は夜10時を過ぎても終わる事は無かった。

なので、慢性的な寝不足となっていたりした。

男子部には、他にも二つの大きな役割があった。

一つが牙城会というもので、各地域にある文化会館の当直として当番制で泊まり込むのである。

もう一つが創価班というもので、大きな会合の警備や駐車場整理などを行う担当だった。

この両方を行う事が、とても栄誉のあることとされていた。

とは言え、現実的には日当の出ない宿直と駐車場係である。

これまたそれぞれに訓練のようなものもあり、お金と時間はそうとうつぎこまれることになるのであった。

会合と言えば日曜の度に行われていたので、その駐車場係である創価班になった私は、パン屋の繁忙期の日曜に休まなければならず、ひんしゅくを買ったものだ。

それを幹部に相談すると、自信の信心が弱いから悩むのだと言われ、ちんぷんかんぷんだった事を思い出す。

今思えば、若かったんだなあの頃は・・・・と思うのと共に、そんな過酷は日々の経験は、色んな意味で役に立っているのかもしれないとは確かに思う。

しかし、どうしてもそんな男子部の活動には、徐々に不快感を持つようになっていくのであった。

何が嫌かと言うと、友達を片っ端から会合へ誘い、そして車座になって皆でその友人を囲み、どうだ一緒にやらないか・・・とか、とにかく頑張ってみないか・・・・という訳の解らない論調で、入会をせまるという行為であった。

その為に、ほとんどの友人を失ってしまった。

これじゃまるで狩りではないか!!・・・・・良くそう思ったものだ。

そして何よりも私を嫌な気持ちにさせてくれたのが、選挙活動であった。

御存じの通り、創価学会というのは公明党という政党をもっている。

学会活動を行う学会員と、公明党の党員というのは、名目は別なのだが、実際に行っているのは、つまり党員はすべて学会員なのである。

日頃は特に何を行うということではないのだが、学会員の中からほぼ無理やり数人が、公明党の党員として登録される。

月に一度程度の党の集まりがあるが、それは党の報告会のようなもので、それがどうという事ではない。

問題は選挙が近づくと、学会員は総力を上げて総公明党員となることである。

つまり、通常の学会活動にプラスして、選挙活動がミックスされる事になるのだ。

この選挙期間というのは毎日が地獄で、徹夜もあたりまえというありさまなのだ。

毎日毎日、何人に選挙を頼んだか、どれくらい投票してくれる確率があるのか、それらを集計して報告するという、とても殺伐とした雰囲気になる。

この人達は、本当に世界平和を考えているのだろうか・・・・・

世界の平和の為には正しい信仰が必要で、それを政治の世界にも反映させることで、世の中が良くなるのだというのは解らないではない。

しかし、現実に見えるものは、何人に選挙を頼んだのか、何人に聖教新聞をとってもらったのか、何人に学会に入会してもらったのかという数字だけがステータスになっているという実感。

要するに成果主義なのか・・・・・・

そう思うと、とてもむなしくなるのであった。

私は20歳で結婚し、二人の子供をさずかった。

しかし、学会活動が忙しくて、あまり子供の面倒を見てあげる事が出来なかった。

当時の給料はとても安く、子供が二人いても月に十二万円程度の手取りしかなかった。

しかし学会活動はすべて自腹である。

幹部になると、成果の上がらない地域に派遣される事も多々ある。

車で数時間もかかるような場所へ、毎日行く事になるので、ガソリン代も大変だ。

しかしそれらも、この信仰をしていれば、必ずなんとかなると常に幹部に指導されてきた。

確かに今現在も元気なので、何とかなっていった事は確かなのだろうが、それはそれは貧乏な毎日であったし、女房子供には不自由をかけたと言う思いがとても強く残っている。

学会の教えの中には、よく宿命転換という言葉がでてくる。

いかなる境遇であっても、必ず良い方向へ転換出来るというもので、それは今世にかなわなくても、必ず次に生まれ変わったら転換出来るのだという教えなのである。

人生は一度きりなんだから、やりたい事はやらなきゃというようなことを良く言う人がいるが、学会では過去も現在も未来も皆一緒なのだと説いているのだ。

だから、例えどのような不幸な一生のように思えたとしても、この信仰を貫いてさえいれば、必ず来世は報われるのであると言う教えなのだ。

そして、今現在不幸な人というのは、過去の行いが原因なのだから、その報いを今世で洗い流さなければならない、その為の学会の活動なのだと言うのである。

今思えば、何となくそうなのかな??と思える部分もあるし、現実に行っている学会の活動というのは、世の為人の為、そして何より自分自身の幸福感の為になっていることは確かかもしれない。

しかし、ごく客観的に考えるならば、自分の過去を正確に知る事は誰にも出来ないし、自分の生まれ変わりを知る事も不可能なのではないだろうか?

人の道としての道徳という考え方に照らせば、学会の活動も、またはその他の様々な宗教も、人の幸福を考えて行われていると言う意味では間違ってはいないと思う。

しかし、それをやたらと啓蒙したり、活動の為の資金を集めることの間に、人間の欲望が入り込み、本来の目的から遠ざかってしまう組織になることがあるのだと思えてならない。

また、それぞれにいわゆる教祖と呼べるような人が存在する事になるのだが、所詮同じ人間である。

その人間が考えた事が、世の中の何よりも正しく、唯一の教えなのだというのには、はなはだ疑問を感じてならない。

あいも変わらず政界進出をもくろむ宗教もあるが、誠に御苦労さまと言いたい。

話は戻って、そんな学会不信の気持ちを持つ者が、学会バカの両親と上手くやっていけるわけがない。

そんなこんなで結局家を出る事になり、その後段々と疎遠となっていった。

兄弟達の中には、一生懸命やっているやつもりれば、私同様まったくやらなくなってしまった奴もいる。

しかし、だからといってやっている奴が幸せで、やっていない奴が不幸だというようなことはない。

この信仰を離れると言う事は、両親を裏切る事になるのだという罪悪感をず~っと持ちながら、気が付けば幼少の頃から嫌で嫌でたまらなかった学会活動を、無理やり行っていた気がする。

両親にはとても愛されていたし、私も両親をとても尊敬し愛している。

しかし、創価家族という言葉があるのだが、私はその家族を裏切ったことになる。

なので、そう言う意味では最高に親不孝を侵してしまったことになり、兄弟からもそのような目で見られていた。

父は信仰者らしく、人命救助という尊い最後を遂げ、母親は現在も熱心な信者である。

それでもようやく最近では、学会を裏切った息子をも受け入れられるようになったようで、先日一緒に旅行に行ってきた。

私にはその気持ちは解らないが、母は学会員はすべて家族だから、その家族愛に包まれて毎日とても幸せだと言っている。

同じ信仰であっても、こうも受け取る側の考え方や境遇などによって価値観が違ってくるのだなと、改めて痛感する。

そして思うのは、教えも修業も、人の道に照らして考えれば解るはずだということだ。

どう考えても人の道としておかしいのではないか・・・・??

そう思ったら、客観的な視点に立ち、一度離れてみることで見えて来る真実があるかもしれないと私は思う。

人が集まれば組織となり、その運営の為にどうしてもお金が必要となる。

学会も、毎年全会員から一万円の寄付を募っている。

最低が一万円なのだが、その金額の多さが、信仰心の強さを表すかのように、幹部ほど多く寄付するのである。

うちの両親は、車を買える程の金額を寄付した事もあったし、毎年いくら寄付できるような経済状況になったかというようなことに、一喜一憂していた。

多く寄付できる人は、素晴らしい境涯を手に入れたと言われるのである。

それだけではない・・・・

大きな会合を文化会館などで行う度に、熱心な信者はその都度寄付をするのである。

学会では、これらの寄付をすることを広布部員になると表現しているのだが、毎年少しずつでも金額を多くしていく事が、正規の学会魂であると教わるのである。

これでは黙っていても儲かって仕方が無い仕組みだともいえるのだ。

その他にも数多くの出版物があり、学会員はそれを全て買っては、啓もう活動に使用するのである。

それらを合わせた収入の多さは計りしれない。

その計り知れなさゆえ、悪事を企むものが出てきてしまうのではないかとも思えてならない。

宗教法人というのは基本無税であるのは皆様御存じのことだろう。

これがいわゆる坊主丸儲けという言葉につながるのだが、いっそ税金を取るべきではないだろうか。

それだけで、国の税収は相当助かる事になるし、それを福祉に使えば、どれほどうるおうことか・・・・・

しかし、もしそうなったとしたら、宗教の政治利用が加速してしまう事になるのかもしれないとも考えられる。

どこまでいっても尽きない問題なのかもしれない。

今現在も、インチキ宗教に洗脳されて現在進行形の人はいると思う・・・・・

そう考えると、それほど悪い宗教ではない創価学会に生き、あらゆる他宗教の勉強を出来た事は有難いことだったのかもしれない。

今後は老い先短い母と、もめない程度に宗教論議をかわしていきたいと考えている。

ごく普通の家に生まれてきたかった・・・・・

そうすれば、ごく普通に仲の良い家族として過ごせたかもしれない・・・・

そんな思いはあるが、それは母には言えない事なのであった。

私と信仰

恐らくこのブログでは、初めて触れるテーマだろう。

私が、信仰に対する自分の気持ちを書いたり、人に伝えると言う事は、今までの自分ではあり得ないことであった。

何故かと言えば、そんなことをしたら、きっと大きな罰を受ける事になるであろうという思いがあったからだ。

私が、その頃行っていた信仰から気持ちが離れてから、約15年位経つであろうか。

ようやく現在に至って、いわゆる罰の恐怖から逃れる事が出来たと言う気持ちで生活出来ている自分がいる事に気が付くのである。

罰といっても、何か悪い事をして罰を受けるという類のものでは、もちろん無いのだが、信仰をやめる事、信仰心を捨てる事自体が、罰を受けるに値すると教えられてきたからこそ、その恐怖は数十年にわたって、まるでトラウマのように私に付きまとってきたのであった。

しかしそれがようやく解けて来て、いわゆる洗脳から脱した気持ちがするのである。

そして今では、客観的にその信仰に対して向き合えるほどになった。

信教はあくまで自由だ。

何を信仰しようが、やめようが、すべて自由でなくてはならないはずではある。

しかし実際にはそう簡単なものではない。

本来であれば、人々の幸福を実現するために存在する信仰であるはずが、現実には金儲けの材料となりさがっているものもあれば、信教の違いによって起こる戦争もある。

信仰は、時に心の拠りどころであり、時に願いをかなえてもらえる有難い存在でもあり、かと言えばオームのような間違った方向へと走る妄想集団になることもあり、他人の弱みに付け込む悪徳業と変わらないオカルト集団がいるなど、実に無数に存在していて、それは確実に私達の生活に密着していると言えるのである。

つまり、政治や仕事、そして教育や文化の至る所に信仰というものは入り込んでおり、何かに対して祈る、あるいは拝むと言う行為を一度も行った事が無いと言う人は、恐らくいないのではないだろうか。

お墓参りや、初詣の時くらいにしか手を合わせる事が無いと言う人にはピンとこない話だとは思うが、思わぬ信仰に手を染めてしまったが為に、ひどい目にあったと言う人は、数限りなくいることだろう。

現代においても、実に様々な宗派の人達が、自分達の敬愛する信仰に導こうと、日々活動を展開しており、町で声をかけられたり、友人を通して紹介されたり、郵便物がポストに投函されていたりと、何かしらのアプローチを受けた事があると言う人も多いと思う。

現実問題として、どの信仰が正しいもので、どの信仰は間違っている・・・・というようなことは判断のしようがない。

なぜなら、本人が良しと感じているのであれば、例えそれが金儲けのインチキであったとしても、その信仰を拠りどころとして生きている人からすれば、明らかに気持ちの面ではプラスに働くはずだからである。

あからさまにインチキであるということは、客観的に見ればおおよそ解る事が多いと思うのだが、そこが人間の弱い所でもあり、愚かな部分であるとも言えるのではないだろうか。

そもそもが、何らかの悩みを抱えている人が信仰を頼るというのがスタートになる事が多い為に、わらにもすがる気持ちで向き合ってしまうというのが現状だからだ。

諸外国においては、国を上げて一つの信仰を崇拝している国もあるし、地域によって信仰が別れている国もある。

もしそんな国において、信仰を捨てたいと思ったならば、国を出なければならないのかと思うと、日本ではそれほど強制力を持っておらず、個人が自由に選ぶ事が出来るというのは、誠にありがたい事だと思う。

・・・というより、そもそもなぜ人はそうも信仰を頼りにするのだろうか?

日本では、何の信仰も持たない、いわゆる無信論者も多くいると思う。

その様な人からすれば、これから書く事は誠に奇異でしかないと感じるかもしれない。

あるいは、このブログを見ている方の中にも、私と同じ信仰をしてきた方が多くいるはずで、様々な言い分も出て来ると思われる。

しかし、私は自分が行ってきた信仰に対して、誠に迷惑を受けてきたのは事実であり、二度と足を踏み入れたくは無いという思いも本物である。

かと言って、そう簡単にすべてを割り切れる話でもないのが、誠にややこしい所でもある。

そんな、多くの人にはどうでも良いかもしれない私が行ってきた信仰の話を、今回は書いていきたいと思う。

私が生まれた家は、創価学会であった。

その名前は、すでにあまりにも有名ではあるが、いったい何を信仰しているのかを知らない人は多いのではないだろうか。

私は東京で生まれ、両親はとても熱心な創価学会員であった。

私が生まれた当時は、丁度創価学会もいよいよ大きくなっていこうと息巻いていたころであり、その時期を草創期と呼んでいる。

つまり私の両親は、今の大きな創価学会となる基盤を作り、信者をつのり、育てていくというとても大切な時期を、現創価学会名誉会長である池田大作と共に、闘ってきた戦友とも言える存在なのである。

創価学会の規模というのは、皆さんも大体は知っている事と思うが、公明党という政党を持つほど大きいものなのである。

これもよくご存知だとは思うが、日本のありとあらゆる市町村には、創価学会の文化会館なる建物が存在している。

様々な信教の建物は多く存在していると思うが、これほどまでにどの地域にでもあるというのは、まさにその規模を物語ることができる実証であろう。

断っておくが、今回私が書きたいのは、創価学会が正しいのか、それとも間違った宗教なのかを暴くと言う類のものではない。

あくまで個人的な意見として書いているので、読む方には誤解のないようにお願いしたいと思う。

ただし、その内容は私の実体験からきているので、嘘いつわりが無い事だけは断言出来る。

さて、そんな熱烈な創価学会員である両親のもとに、長男として生まれた私は、当然のことながら生まれながらにして学会二世と呼ばれる存在になるのである。

当然のことながら選択の余地はなく、ものごころついた頃には、と言うよりも正確には母のお腹にいる時から、その教育というものは始まっているのである。

創価学会(以後学会と書く)の日常と言うのは、朝の勤行(ごんぎょう)からはじまる。

勤行というのは、他の宗派ではお勤めと言われるもので、要するにお経を唱えるのである。

教本というものがあり、そこにほとんどが漢字の、とても難しい法華経というものが長々と書かれており、それを毎朝毎晩、欠かさずに読む事を勤行というのである。

そしてその勤行の最後に、必ず唱えるのが、学会が最も信仰の核としている題目というものなのだが、これはほとんどの方が知っている事と思う。

南無妙法蓮華経という七つの漢字である。

これをひたすら唱えるのであるが、それを何回唱えたかが非常に信仰の深さを表す指標となるのである。

朝は学校や仕事がある為に、あまり多くは唱える事が出来ない為、ほとんどの場合夜の勤行の後に長く唱えるのが常とされているのだが、わたしにはそれが最大の日々の苦痛なのであった。

しかしそれを真剣に行わないと、悪い子・・・・となってしまう為に、子供ながらに、親の見ている前でだけは真剣なふりをしていたものだ。

私には兄弟が4人いるが、当然4人とも学会二世であるから、家族6人で毎朝毎晩の勤行を欠かさず行うのが日課となっていた。

何に向かって拝むのか・・・・

それは、仏壇に安置してある曼荼羅というものにであり、それを御本尊様と私達は呼んでいた。

御本尊様というのは、読んで字のごとく、それを本尊として敬う、祈りの対象物なのであるが、紙に南無妙法蓮華経と書かれていて、その他にも無数の神々の名が書かれているというもので、それを直に手で触れたりする事は出来ず、やむなく触れる場合は手袋をはめて行う。

一般的な仏壇というのは、同じように曼荼羅が中央に飾ってある物や、仏像などが置かれた物が多いと思うのだが、学会の仏壇では御本尊様を安置した場所には必ず扉があり、その次にもまた扉があるなど、勤行の際にはしきみという葉っぱを口に加えて、御本尊様につばなどが飛ばないようにしながら扉を開け、そしてご開帳した御本尊様に対して勤行を行うのである。

仏壇のある部屋で暴れたり、大声を出すなどはもっての外で、あくまで神聖な場所としてあがめたてまつるものなのである。

毎日行っている方からすれば、日常の風景なのであるが、新聞配達の人、郵便配達の人、その他友人が遊びに来ている時などは、”いったいなに????” と、気持ち悪がられたりしたものだ。

なぜなら、基本的には大きな声ではつらつと行うものであるので、どうしても近所迷惑になる事もあり、広い一軒家の人は良いのだが、アパートなどの場合は気を使う事となるのであった。

学会の目指す所というのは、ほとんどの宗教や信仰が皆そうであるのと同じく、世界平和である。

その為に日々行っているのが勤行であり、解り易く言えばこれが修業の一つとなる。

これが例えば念仏宗であれば、南無阿鼻陀佛であり、キリストであればアーメンであったり、讃美歌であると言えるだろう。

全ての宗教にはこのように題目というようなものがあり、それを唱える事で仏と会話する、神と会話する、というように、仏や神と心を通わせる為のツールとなっているのである。

そして学会における日々の活動には、勤行や題目を唱えると言う事以外にも、大切な事がたくさんある。

その中で一番大切な、世界平和を達成するための手段であり行動としているのが、折伏(しゃくぶく)という布教活動なのである。

この布教活動は、学会のみならず、いかなる宗教であり団体であり、同じ考えの人を増やす為の活動なのであるから、当然ここに重きを置いていることになるのである。

勤行などを行って、自ら修業し自らを高めるだけでは、世界の平和はおとずれない。

それを広く流布していくことこそが、世界平和への実現につながるのだと言うのが学会の教えなのである。

その事を学会では広宣流布といい、学会員はその為に日々活動を行っているのである。

その点のみを見れば、とてもすばらしい理想を実現するために活動する集団であり、間違ってもインチキ宗教でないことだけは言えると思う。

しかし、いかなる優れた理想も、行うのは人間である。

はじめは誰しもが世界平和を望んでいるはずなのであるが、そこに政治やお金がからんでくることにより、人間の醜い部分が出てきてしまうのが、信仰の難しい部分であると言わざるを得ない。

信仰というものには、必ず対象物が存在する。

つまり、何に向かって拝み、何を教えとしていくのかということになる。

学会の教えはすべて日蓮大聖人の教えなのであるが、皆様もご存知の通り、創価学会でなくても、自分の家の仏壇やお墓やお寺などで、日蓮という名前は聞く事が多いと思う。

では、どの日蓮も同じ日蓮なのかというと、同じである事は確かなのだが、問題は正当なる継承者であるかどうかだということになるようである。

北斗神拳が一子相伝なのに対して、ケンシロウとラオウが継承者争いをする漫画が有名だが、日蓮の教えも、長い年月の間に歪曲されたり、自分の好みに解釈を治したりして、日蓮という名前だけは継承している宗派は多いのだが、本当の日蓮の考え方を唯一正しく継承しているのが創価学会なのだと言う事なのだ。

それは歴史上はっきりとされている部分であり、その日蓮が書き残した様々な弟子に対しての指南書のようなものが、学会のバイブルになっているのである。

これがいわゆるキリスト教で言う所の聖書にあたる。

そして、当時の日蓮の弟子のなかで、唯一正当な継承者として日蓮に認められた僧侶が受け継いできた宗派を日蓮正宗といい、その他の日蓮の継承者だといわれる宗派の全ては、日蓮宗と名乗っているのである。

この字を見ても解るように、日蓮宗があちらこちらに存在するのに対して、確かに”日蓮正宗”と言う宗派は一つしか存在しないのであった。

学会では、この聖書にあたる御書というものを教義として日々勉強し、日蓮正宗創価学会として長きにわたり、日蓮正宗の寺院を崇拝し、お守りし、聖地として敬ってきたのだが、何としたことか、第67代法主の日顕がとんでもない行動にでるのであった。

そもそも、この日蓮正宗の総本山というのは、学会員の教えの根本を継承してきた唯一の存在である為に、この地にお参りに行く事が、当時の学会員の一大行事であり、その参拝者の数と御寄附の金額は、想像以上のものになっていたはずなのだ。

それを日顕は、日々豪遊を繰り返し、学会員の血と汗の御寄附で私腹を肥やすという暴挙に走り、それを期に学会は、宗派からの離脱を行う事となった。

いくら人間が醜い心を持っているとしても、なぜ法主がそのようなことになるのか、当時の私の頭の中では想像すらできなかった。

ただ、組織が大きくなれば、必ず良からぬ事を考える輩もでてくるものだという根拠のない思考だけがよぎるのであった。

そして、それが組織の中心者的立場の人であればある程、これは会員にとっては正に辛い事になるのは当然であろう。

当時、ならばといって学会を離れた人も多かったと記憶しているし、不信感を持った会員は多かったはずだ。

ただ、そんなものにまどわされて、本当の目的を見失い、学会を離れることこそがおろかなのだという信者も多かったのも事実である。

そして数年後、それが今度は公明党の党首までもがお金にまみれていく事になるのである。

政治やお金がからむと、人間と言うものはかくも弱い生き物なのかと思い知らされてしまうのであった。

・・・・ということで、相当長くなりそうなので、続きは次回に・・・・・

細かいけどあるあるQ&A ②

Q クルミパンを作っている際、ミキシングが終了し、クルミを投入して少し捏ねてからハッと気がつきました・・・!!!・・・まだ途中だ!!!

そうなのです!ミキシングの途中でまだ油脂も入れていない段階なのに、すっかり終了したと勘違いしてクルミを入れてしまい、あろうことかもうほとんどが混ざってしまっているのです。

2台のミキサーで常に回しているので、たまにこう言ったミスを犯してしまうのですが、この際の対処法として私はその時点から油脂を入れ、その後にミキシングを通常通りの時間になるまで捏ねるのですが、残念ながらクルミが砕け散って生地が真っ黒になってしまいます。ごまかしの為に、最後にクルミをややプラスしていますが、生地はダレぎみになり、コシが無い状態となります。

だからといって捏ねない訳にもいきませんよね。

お恥ずかしい話で恐縮ですが、このような場合どう対処するべきだと思われますか。



A なるほど~ 確か私も過去にその様な経験があったようななかったような・・・・・

しかし、よりによってクルミとは・・・・

どうしたってグルテンが破壊されて、生地切れを起こしてしまいますよね。

どうせ生地が切れてしまうのですから、この場合は油脂のみ低速で混ぜて、後はパンチで生地をつないでいくしか方法は無いのではないでしょうか。

クルミを入れたまま中速をかけるというのは、どう考えても無謀だと思われます。

いつもよりも時間はかかるかもしれませんが、ここは優しくパンチを数回入れながら、生地にボリュームを出していく事が賢明かと思います。


Q 食パンの生地なのですが、ミキシングが終了して発酵ボックスに移す際に何となくいつもとは違うかな~という違和感はあったのですが、流れに任せてそのまま発酵時間をとりました。

そして40分位経過してから、次のミキシングを行おうと思って計量をはじめたら、何と計量された油脂がミキサーの上に置いてあるではないですか・・・・

これはもしかしたらさっきの生地に入れ忘れたのか???という不安がよぎり、いざ分割となった時に生地がソフトでない事に気がつき、これは間違いなく入れ忘れたと確信しました。

実は以前にも同じようなミスをおかしたことがあり、その時は油脂を入れて再度数分捏ねてみたのですが、生地は見事にデロデロになってどうしようもない状態になってしまいました。

その経験から、今回はそのまま分割と成形を続行し、意外とすんなりいけそうだなと感じていたのですが、出来上がりは上部がぼこぼこの四角くない食パンとなってしまいました。

今後も万が一このようなミスを犯してしまった時の為に、どうする事が望ましいのかを知っておきたいのです。



A たとえミキシングが終了してすぐの場合であっても、その後に油脂を入れて混ぜられた生地は、いつもよりはベタつき、ボリューム感に欠けるものとなるはずです。

それがさらに時間が経過し、発酵をおこなってしまった場合には、もう後戻りはできないのです。

ですので、残念ですが今回の場合は、”別のパン”として完成させてあげる事で、本日のサービス品として販売する事が出来るようにするべきではないでしょうか。

油脂が入っていない分、ソフトではありませんがヘルシーを謳えますよね。

食パンの配合なので甘みも少ない・・・・・

と言う事は、ピザパンの生地として、あるいはそのまま蓋をしないで山型に焼き、セミハードトーストにしたり、あるいはそのまま小型のハードロールやスティックにして、具材をはさんだりも出来る。

ヘルシー系の調理パンとしても使えますよね。

油脂が入っていないので、ソフトな伸びが期待できないということはあるにしても、美味しいパンにならない訳ではないのですから、すぐにどのようなパンに変身させるかを考えながら、失敗を後戻りするのではなく、どう生かすかという視点で考えてみて欲しいと思います。


Q 午前中は戦争状態だということもありタイマーは欠かせないのですが、途中で電池切れの時や、あやまって落としてしまった時などもあり、うっかりして分割の順番が狂ってしまいかなりの過発酵になる事がよくあるのです。

そんな時ふと思う事があるのですが、分割の順番が狂ってしまうと後から仕込んだ生地の方が先に完成する事になったりする訳ですが、そのパンというのは販売して差し支えないものと判断して良いものなのでしょうか??



A 真面目なのですね・・・・物作りの基本は信用だと私は考えておりますゆえ、そうお考えになってしまうのもわからなくはないのですが、どうか安易に廃棄するような事の無いように工夫して欲しいものと思います。

必ず試食を行い、完全ではないと感じた場合は値引くなどして販売する事で、信用は保てますよね。

この場合大切なのは、完成する前に、生地の段階で出来るだけ優劣の判断をつけることです。

過発酵になってしまった生地を成形すると言う行為は、さらに過発酵を生みますよね。

ですので、分割前に判断出来れば、成形をしないですむ商品に変更できれば、いつもとは違う商品にはなりますが、自信を持って販売できる商品だと言えるのではないでしょうか。

一度捏ねた生地は、最後まで責任を持って完成へと導くことが大切ですね。

廃棄という考え方は、あくまで最終手段でお願いしたいと思います。


Q 家庭で作る程度ですのでお恥ずかしい質問だとお許しをいただきたいのですが、夏場に氷水を使う場合にその中に生イーストを直接入れてはいけないと教わったのですが、それはどのような理由からなのでしょうか。


A 恐らくは、温度変化をあまり与えるべきではないと言う解釈からだとは思いますが、すぐに捏ねる場合はまったく問題は無いと思いますよ。

そもそもが冷蔵庫で冷えているものですので、むしろ氷水よりも夏場の室温の方が怖いと思います。

直接氷の上に数十分もの間乗せておく・・・ということでもなければ、特に気にする事はないと思います。


Q パンを捏ねる際には必ず小麦粉は2回ふるってから捏ねるようにとパン教室で教わったのですが、その時は正直いい加減な気持ちで受け止めておりました。

ところがある日書店にて有名なシェフの本を見ていたらやはりふるって使うと書いてありびっくりしました。

パン教室もバカに出来ないなと反省した次第ではありますが、こちらのサイトでは必要ないようなニュアンスで書かれていますよね。

本当の所はどちらが正しいのか、またはとるにたらないことなのかをお聞きしたくて質問させていただきました。



A 極論から申し上げれば、何回かふるった小麦粉を使用した方が、空気をたくさん取りこめることになりますので、よりふっくらとしたパンになる・・・・・と言えなくもないと思います。

ただし、強力粉をふるう、ふるわないと言う事の違いが、はたしてパンを作る方に見分けがつくほどのものかどうかというのは、いささか疑問です。

もっというと、食べる方に解るかどうかはさらに疑問ですよね。

作り手の思いを乗せる・・・・・

丁寧なパン作りを・・・・・

そのような観点からみれば、出来る事なら行うべきかもしれませんし、小麦粉を開封後に一度に使いきれないような家庭でのパン作りにおいては、保存の仕方によって小麦粉同士がややべた付いたり、くっついてダマになったりとい言う事も考えられますので、家庭では行うにこしたことは無いと言えると思います。

ただ、パンが計量から完成までにかかる様々な工程の中で、小麦粉をふるうかどうかという事は、相殺されてしまう部分である気がします。

それよりも、高温多湿を避け、出来るだけ早めにお使いになる事を心がけていただきたいと思います。


Q 先日質問させていただいたことに関連しているのですが、焼き菓子を作る際に強力粉を使う事がある場合には、ふるうべきなのでしょうか?

ちなみに薄力粉は必ずふるって使用しております。



A パンと焼き菓子の大きな違いは何だと思われますか?

それは、パンの場合はメインが小麦粉で、焼き菓子の場合はメインがバターや卵などで、それを塊にしてほぐれないようにする、つまりつなぎとして小麦粉を使用していると言う点なのです。

パンの場合は、ご存知だとは思いますが、かなりの時間捏ねますよね。

パン屋さんでも機械で15分位は捏ねるのです。

ですので、もともとサラサラの強力粉でもありますので、まずダマになるような事は無いと言えるのです。

しかし、焼き菓子の場合は違いますよね。

小麦粉は最後に入れて、しかもサックリと軽く混ぜる程度で、けして捏ねるような事はしません。

捏ねてしまったら、とんでもない焼き菓子となるはずです。

と言う事は、強力粉であれ薄力粉であれ中力粉であれ、出来る限り細かい粒子にしておいて、すぐに他の材料と混ざるようにしておく必要がある訳ですね。

したがいまして、お菓子作りの場合には、いかなる粉ものもすべてしっかりとふるう事が大前提となりますので、憶えておいてくださいね。

ちなみに、砂糖や塩なども出来ればふるっておいた方がよいくらいです。

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