ベーカリーアドバイザーの部屋

難解な製パン理論を、楽しく解説。 どうして??と思ったらのぞいてみて下さい

修行時間の時短は功を奏するのか・・・・・・

2017年がいよいよスタートしました。

私自身は本年、全く新たなビックプロジェクトを計画しており、今まで培ってきた経験と、溢れんばかりの想像力と、老いを感じる低体力と戦いながら、チッポケな根性を絞り出して望みたいと思っています。

さてそんな中、昨年は特に小規模なお店を展開するという方からの相談が多かった一年であったことを思い出しながら、修行についての考え方を少し述べておきたいと感じています。

世間を見ましても、過去数十年に登りモールや大型スーパー、そして大企業系のベーカリー出店がメインとなり、街のパン屋さんは衰退の一途であったのですが、ここ数年はどうやら、街のパン屋、村のパン屋というのが増えてきているように思えます。

その傾向にはいくつかの理由があるとは思いますが、一つには慢性的な人手不足があります。

企業系のベーカリーでは、間違いなく集客が見込める好立地にお店が有るにも関わらず、作り手が集まらないという局面に陥っており、作れば売れるにも関わらず作りきれない・・・・・なんてことがおきています。

今まででしたら、そのような問題は街のパン屋の問題であり、会社組織であれば他店からの応援などで何とでもなった事案でした。

また、人手不足になったとしても大丈夫なように、初めから本部から送られてくる冷凍生地主体のシステムとなっているからです。

ところが、どうやらそれでも回らないほと人手が足りない、そしてそれが原因で思うように新店舗を出店できないでいるようなのです。

業種が違う人からすれば、いや、人材は十分いてむしろリストラが怖いくらいだと思われている方もいることでしょう。

しかし私達の業界は、今ではきつい仕事であることが世間に浸透してしまっているのかもしれません。

多少きつくても収入が伴って入ればこうはならないと思うのですが、伴っているとはとても言えませんよね。

ここだけの話、サービス残業をされている方も相変わらず多いのがこの業界です。

それでも耐えに耐えて技術なり経営を勉強して、ようやく自分のお店を持つなら今だと思う方が増えてきているのかもしれません。

自分のお店を持ちたい・・・・・そう考えるのは、以前はやはり若い人が中心でした。

なぜなら、体力勝負の仕事であることは周知のとおりですから、おのずと高齢の方からは敬遠されていたはずです。

その他にも、設備費が非常にかかることや、修行にも時間も体力も必要になるということから、どうしても若いうちに決断する以外にないようなイメージがあったからだと思われます。

しかし昨今では、パン教室も各所に増え、ホームベーキングを楽しむ方も増え、SNSの力もあり、様々な条件の方々がパン作りに触れることが出来るようになったおかげで、いわゆる敷居が低くなったという印象さえあります。

私のところに相談がくるのも、今では50代・60代の別業種経験者の方が非常に多く、その本気度はかなりのものです。

人生最後の大勝負として、自分の夢であったパン作りを生涯の仕事としたい・・・・・

なんと素晴らしく、そして素敵な夢でしょうか。

そんなご高齢の方々からの問い合わせ内容というのは、実に切実です。

やはり修行はどうしても必要でしょうか? パン教室には約3年は通っており、家庭では約8年パンを焼き続けています・・・・・

貯金と退職金を合わせればかなりの資金的余裕はありますので、設備にお金をかけることで修行期間の短さを補えるものでしょうか・・・・・・

有名店では揚げ物しかやらせてもらうことができなかったので、やむなく退職して大手へ入りましたら手作りとは言えないような現状でした。いったいどこで修行するのが一番自分の為になるのか解らなくなっております・・・・・

今一度パン学校へ行き基礎を勉強しておいた方が良いと考えていますが・・・・・



まさにこれから独立を目指して頑張っている現在進行系の方々もいれば、初めてはみたもののやはり客数がガタ落ちとなり、しばらくお休みをして修行し直すべきかどうかを聞いてくる方もいらっしゃいます。

人それぞれの選択があって然るべきとはいえ、たしかに悩むところですよね。

かくいう私自身は、若くしてパン屋に就職しましたので、一般的に言われている修行時代というようなものはございません。

毎日が修行であるといえばそうかもしれませんし、いやいやただ淡々と働いてきただけだとも言えるでしょう。

人はある環境に身を置けば、それが年数とともに経験に変わり、やがてはその道に精通していくものだと思うのですが、そんな悠長な事をいってはいられない時間のない方々は、いったいどこでどのように修行をするのがベストなのでしょうか。

私が一般論として紹介しているものの一つは、大きすぎず小さすぎない中小ベーカリーに就職することです。

企業系のベーカリーでは製パンの全般を知ることはまず不可能ですし、個人のお店というのは、逆にパン作りしか教わることが出来ない傾向にあるからです。

また、パン教室だけでは駄目かとよく聞かれますが、その点はご本人がどこまでを目指しているかによるのです。

さらに、パン教室どころか、何の経験ももたなくても繁盛店を作り上げた天才的な方もいらっしゃいますので、才能とか才覚なども当然重要な事は言うまでもありません。

従いまして、どこを目指していてどの程度自信があり、今までの経験や知識や知能を活かせるかどうか、体力はどうか、財力はどうかなどによって大きく選択は違ってくるのだということです。

数年前からネットなどで話題となり、たったの5日の修行でパン屋を開業できるというシステムがあります。

検索すればすぐにわかりますので社名は伏せますが、運転資金をお持ちで、いわゆる安心というバックボーンが必要ならこのようなサイトがありますよと紹介したりしています。

たったの5日の修行で本当にパン屋がオープンできるのかとよく聞かれるのですが、無理ですとお答えしています。

ではなぜ薦めるのかというと、ある意味組織が、しかも実績のある組織がバックに付くわけですから、一人で戦っていくよりもはるかに安心なはずです。

そもそも年齢を重ねていることもあり、全くの異業種からの起業ということもあり、どこでどう修業してよいのかも分からない状態でいるよりも、確実に早くスタートが出来、同じように起業した仲間が全国にいますし、何かあればアドバイスを受けられるという安心感はとても大切だと思うからです。

パン屋を開業して一番不安になることは、何か失敗して問題がおきたときの対処です。

しかしシステムがしっかりしていれば、そのあたりのメンテナンスもできているはずですから、一人が不安だと思うのであれば利用して見る価値はあると思っています。

仮に一人でもくもくと修行時代を送ったとしても、そのシステムまでたどり着くほどの勉強は難しいと思いますので、ある程度の成功を見込める方を選ぶという選択肢もありますよと申し上げております。

詳しいことは解りませんが、恐らく5日間の間にパン生地に触れながら、基本的な作り方のみマスターするのだと思います。

ことパン作りの基本技術である、丸める・伸ばす・包むに関しては、私の経験上ほぼ一日で出来るようにはなります。

あとは数をこなして身体に覚えさせていくことになるわけですが、ひとまずの成形基本は一日でも出来るのです。

よくわからないのは、どのパンはどの程度膨らんだら焼けばよいのかとか、ミキシングはどのようになったら終了なのかということになりますが、そこにはじめてシステムが行きてくるわけです。

と言ってもそう難しいことではなくて、ミキシングは時間通り行えば概ねOKですし、パンの発酵状態は型紙などが揃っていれば、そこにはまるまでの大きさになったら焼く、そして時間は何度で何分とこれも決められた通りに焼けばほぼOKとなります。

同じ設備と同じレシピだからできるシステムですので、勝手に新商品などを考案したり、勝手に焼き時間を変えたりは出来ない(かもしれませんよ)

これではやらされている感満載で、何のための独立なのかと思うかもしれませんが、自分がオーナーとしてやらなければならないことは実に多く、パン作りだけに全ての時間を費やすことは出来ないのが個人店の宿命です。

しかし難しい部分をバックアップしてくれるシステムがあるとすれば、ある程度気持にも余裕を持って取り組めるというものです。

そして肝心なのは、楽しみながらオープンできるかどうかということです。

苦しみの果のオープンで、その後は客数低下と資金繰りでさらなる苦悩に喘ぐよりは、開業できた事への実感を噛み締めながら、多くの戦友と喜びを報告し合う事ができるというのも組織の後ろ盾があってこそだとも言えるでしょう。

・・・・・と、ほぼ良い点ばかりを書きましたが、ではお前だったら利用したいか・・・・と聞かれたら、それはお断りですね。

なぜなら、そもそも他人の言うことを聞きながらなんてまっぴらごめんだからです。

本部や他の支店と同じパンを作るなんて、もうこれはやらされている感どころではなく広報活動を行っているのに尽きるとさえ思います。

自分でお金を出しながら、企業に就職して店長をしているようなもの・・・・・・

そんな偏屈な私のような考え方に人には不向きかもしれませんね~

いずれにしても、パンの修行といってもただ単にパンの作り方だけ覚えればおしまいという訳にはいきませんよね。

基本だけマスターして始めようと、十分に理解できて始めようと、刻々と変化するマーケットの中で、常に悩みながらも成長していけるかどうか、おごらずに日々勉強していけるかどうかが鍵になるような気がします。

スタート時に十分な経験があるかないかということよりも、日々の考え方、精進の仕方によってその後が決まっていくのではないかと思うのです。

安易に時短できるならばその方が・・・・的な発想だとしたら、将来がとても心配です。

修行という字には、本来あまり良いイメージを私は持っていないのですが、要するに厳しい環境の中で耐え忍んで耐え忍んで習得した経験というものが、いざという時に ”あの時の苦しさに比べたら” という底力を魅せてくれることは確かだと思います。

しかしながら、人間というのはいかなる環境にもすぐに慣れてしまう生き物です。

ある程度ぬるい環境に身を置くと、今度は少しの苦労でもきつくなってしまうのです。

ですので大切なことは、

環境に支配されるのでなく、常に己を磨く事を忘れない ということです。

どこで何年修行したということが重要なのではなく、学ぶ気持を忘れないこと。

経験の長さだけが美味しいパンを生み出すわけではない・・・・・

皆様の楽しみながらの独立を応援しております・・・・・



時にはスルーすることも必要かも・・・・・

とうとうIphoneでもスイカが使えるようになり、スマホ一台あればほとんどストレスを感じることがない素晴らしい時代を生きているんだな~と実感します。

・・・・がしかし、相反して自分には必要のない情報もバンバン目に飛び込んできてしまう・・・・

そしてそれが健康とか家族とかに関連したものになると、どうしても過敏に反応してしまうことになる・・・・

さすがに質問の本題としては来ることはありませんが、様々なやり取りの中で必ず出てくるのが、

”グルテンフリー” について、どうお考えですか・・・・というものです。

えっ!! あれは米生産者協会の陰謀でしょう・・・・・・・・いや冗談です。

なんでもグルテンは脳に悪いらしいですね。

自分のことだけに当てはめてみれば、毎日パンばかり、さらにはうどんとパスタばかり食べている私の脳は、確かに日々ボ~っとしていることは確かです(*^^*)

それにしてもインパクトの有るタイトルの本と言うのは、すぐに話題になりますね。

何やら今では食品添加物よりも、グルテンを多く含む小麦製品やサラダ油やマーガリンの方が敵対視されているようにも感じます。

百歩譲ってその理論が正解で、これからパン業界や麺業界の売れ行きが急降下したらどうすればよいか????

そうなる前にパンは全て米粉で作り、麺も全て米粉で作らなければならなくなるのか・・・・・

もしそんなことを考えている人がいるとしたならば、

真面目かっ!!  byたか&とし

と言いたくなりますね。

もしそのようなことが本当にあるとしたら、例えば日清製粉やヤマザキパンの株がどんどん売られていくはずですから、そうなったら本格的に要注意でしょうが・・・・

かく言う私も、この手の奇を衒う的な内容の本は大好物ですが、それによって右往左往する人を見るのはあまり好きではありません。

ノストラダムスの予言ほどではないにしても、いつの時代にもこのような主張が世に出てきました。

それなりの研究やデータに基づいたものである・・・・かもしれませんが、時間の経過とともにほぼ忘れ去られていってしまうか、あるいは全く逆の研究成果が発表されたりして、結局のところ大勢を変えるには至らずというのが結末でしょう。

一時はそれらを実践して、体調が良くなったとか体質が改善されたと感じる人もいるでしょうし、別に何も変わらなかったと言って元の食生活に戻る人もいるでしょう。

圧倒的にのめり込んで行く人もいれば、全く無関心の人もいる・・・・・

現状をガラリと変えるような研究なり提案というものも、社会構造上すぐに変えることなど不可能なのでしょうね。

食の安全という漠然とした、しかしながら生きていく上においてもっとも重要なこのテーマにおいて、何が正しいのか、何が間違いなのかは正直自分で決めるしかありません。

超貧乏な人なら、そもそも安全そのものをお金で買うことが出来ませんし、そこそこお金があるからこそ、数え切れないほどの栄養補助食品やサプリメントが売れまくり、そのお陰で雇用が生まれ、経済が潤うのもこれまた事実。

グルテンフリーも、そのことによって米食がクローズアップされるのであればそれも有り難いことですし、もしかしたらパンだって更に話題性が広がり、別の意味でクローズアップされるかもしれません。

これはお笑い芸人でいうところの”おいしい”にもある種似ているような気もしますしね。

ところでグルテンが健康被害を及ぼす食べ物であると断言する書物なり提言なりを見て、どう思いますかという趣旨の質問にはいつもこのように答えています。

スルーしましょう・・・

私も食品製造を担う一人として、食の安全というテーマは当然他人事ではありません。

スルーするなんて無責任すぎる、もっと勉強して安全なのか、それとも本当に健康に害を及ぼすものなのかを検証するのが食品製造者の責任なのではないか的なことを言う方もおります。

しかしそれは少しばかり話が飛躍し過ぎで、パン屋は、あるいは小麦粉を扱うすべての職種の方々というのは科学者ではありませんし、医療従事者でもありません。

もし世界的に更に研究が進み、間違いなく小麦グルテンは人体によろしくないという結論に達すれば、それはそれで小麦粉の大改良が行われたり、あるいはそれこそ米粉が主流のパンや麺の登場になるかもしれませんし、いずれにしても私達が今すぐに出来ることというのはあまりないと思います。

また、全くの主観ですが、食品添加物の危険性などについて別カテゴリでも触れていますように、例えば今回ならば小麦グルテンを含む食品をほぼ毎日のように自らが食べ続けていて、今年で56歳を迎えておりますが普通に元気です。

私だけではありませんよね。

今まで65歳以上を高齢者と定義していたものを、あまりにも今の高齢者は元気で健康であるという理由から75歳以上に引き上げようという動きまでありますよね。

そんな元気な高齢者達も、恐らくは皆小麦製品が大好きで大変お世話になってきたはずです。

もたれるという理由から、それは若い頃よりは量は食べなくなっているかもしれませんが、それでも特にパンに関しては全年齢で主食にもおやつにも食べられている食べ物であると言えるでしょう。

もたれると言えば、パンはよく焼いたものや油脂などを含まないシンプルなものの方が消化が良いことは誰にでも解ることであるはずが、相反して白くてソフトなパンが相変わらず売れますし、ヒットするものと言えば常に高カロリー食品ですよね。

食品添加物が体に悪いらしいなどということは、恐らく今では知らない人は皆無であるはずです。

しかしながら、大手のパンであれ焼き立てパン屋のパンであれ、常に売上上位にいるのが添加物大量使用の代表とも言えるソーセージを使ったパンです。

カレーパンも食品表示シールに書ききれないほどの大量の食品添加物が入るパンで、しかもショートニングで揚げているもたれる食品の代表みたいなパンのはずが、これまたベストヒット商品常連です。

グルテンが敵対視されるず~~~~~っと以前から最大悪と位置づけられてきた食品添加物入りのこれらのパンを、一体どれだけの人が食べ続けていることか・・・・

しかし、相も変わらず健康寿命は伸び続けている・・・・・・

小麦グルテンを含む食品というのはか~な~り~多いですし、それを調べて排除することの方が余程ストレスになりそうですし、そもそも食べ物からの栄養だけが人体をコントロールしているわけではありませんよね。

よく言われている睡眠であるとか、過重労働や人間関係のストレス、そして住環境などなど、細かく上げたらキリがないほどの要素が人体に降り掛かってくるのが人生というものですよね。

いつも思うのですが、この手のことに右往左往している人というのは裕福な方達です。

悪い言い方かもしれませんが、平和ボケだと思います。

地球という星が誕生して46億年というとてつもない歳月をかけて、ようやく今のような素晴らしい文明を築くことが出来たわけですが、考えてみればたったの150年ほど前にはまだ刀をさしたサムライがおり、便所はボットン便所、システムキッチンなどはなく、洗濯機もなければ冷暖房もない・・・・・・・

そんな当時の推定人口が約3000万人と言われていますので、この短期間で約4倍にまで増え続けてきた訳です。

少し前までは想像でしか見ることができなかったものが、今では誰もがその恩恵を受けることが出来ている。

スマホでありとあらゆる情報を得ることが出来、車はいよいよ自動運転の時代へ、そして更にはAI(人工知能)が産業に大きく関わってくると思われ、人工知能を備えたロボットが人間に変わって働く時代へと進んでいくような気がします。

そうなったら、私達の仕事はどうなってしまうのか・・・・・

けしてそう遠い未来の話ではないと思います。

さらに、統計以来伸び続けてきた我が国の人口が、ほんの数年前から減少傾向にあり、それも子供が少なくなって来ているのに老人が元気なわけですから、せっかく健康寿命が伸びたと言うのに、生活水準の維持には多くの課題があることは皆様も御存知の通りでしょう。

また、世界に目を向ければ国連の推計では、世界の人口は約73億人、1日で20万人、1年で7千万人も増え続けています。

本来なら人口が増えることは喜ばしいことだと思いたいところですが、これもご存知のように裕福な国同士の資源の奪い合いみたいな構図が生まれ、相も変わらず戦争や内戦が起こっていて、本来ならば対岸の火事ではすまない状況に日本もおかれているのではないでしょうか。

世界各地の難民が個人的に船に乗って日本に来るなどということは出来ませんので、どうしても難民問題なども他人事とか単にニュースとしてしか認識できなかったりしますが、現実問題として今正に明日を生きることの保証などどこにもないような暮らししか出来ない人々がいるのです。

今食べるものも、今着る服も、ましてや安心して眠れる場所すらない人々も、今という同じ時間を私達とともに生きています。

何不自由なく文明の利器を使いこなし、どんなに働き疲れて帰ってきても、温かいお風呂に入ることが出来る・・・・・

なんと恵まれたことだろうか・・・・・

寒空に暖を取ることが出来る幸せを心から噛み締めてしまいます。

明治時代以前には考えられないような裕福な時代を私たちは生きており、それがまさにここたった数百年の間の出来事であり、そしてまた今正に世界は ”自分の幸せ”  ”自分の家族の幸せ”  ”自分の国の幸せ” そのことばかりを考えているような気がしてなりません。

特に島国日本の私たちは、海という自然の壁に守られており、すっかり平和ボケしてしまっているのではないかと思えてなりません。

まるで好きな国へは飛行機で行くことは出来るが、貧しいものが入国することができない平和の要塞のようです。

先日職場のカトリック信者の方とともに、ホームレスにパンを配る現場に初めて行きました。

どうしようもなくホームレスになられた方もいるでしょうし、全く努力することを放棄してホームレスになった方もいることでしょう。

しかしながらそこには確かに無償の愛があり、無条件に ”分け合う” という精神を見ました。

食べ物を捨てることにすっかり麻痺してしまってはいないだろうか・・・・・

他人を思いやる気持ちは大切だと心では解っていても、実行できているだろうか・・・・

ほぼ全員が貧しかったであろう時代にはもっと助け合いながら生きていたのではないだろうか・・・・・

恐るべき速さで発展してきた世界の状況は、今急速に人としての心を見失い、不満と不安がポピュリズムを増長し、とんでもない方向へ進もうとしている気がしてなりません。

・・・・・と、また脱線か??

いやいや脱線ではありません。

今これからの子供達のために私達大人がしなければならないことは、安心安全な食品は何かを探すことでしょうか。

それとも、小さなことでも良いので、他人を思いやる心を教え伝えることでしょうか。

いくら自分が健康でも、世界が平和でなければそもそも幸せに生きていくことなど出来ません。

人口が増え続けるという事は、新たな資源も作り出さなければ、現在ある資源はやがては尽きてしまいます。

異常気象や地震は、私達の経済事情とは無関係に多発してきます。

いや、むしろ私達人間の欲望が自然災害を巻き起こしている要因だと言っても良いでしょう。

発展とか利益とかばかりに目を向けていた時代は、もしかしたらそろそろ転換の時期を迎えているのではないでしょうか。

争ったり戦ったりしている暇はない・・・・・

食の安全とか安心とかそのようなフレーズを聞く度に、今本当に考えなければならないのはその事なのか??

そう思えてなりません。


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