ベーカリーアドバイザーの部屋

難解な製パン理論を、楽しく解説。 どうして??と思ったらのぞいてみて下さい

独立開業する友人 T に捧げます。

十数年来の友人が、この度お店をオープンさせる事になった。

いたって動機は不純だが、どうしてもやりたいらしい。

そもそもがバクチをうたない彼である。

そんな彼が大バクチに出るのだから、資金のあてや、失敗した時のリスクもきちんと考えての事なのだと思う。

いや、実際確実にそうであろう。

しかし、だからと言って失敗していい訳ではもちろんない。

自分と家族の為・・・・もそうだし、何よりパン好きをあきれさせてほしくないからである。

私にいただいている仕事の依頼も相談も、皆素人が始めたお店からのものが非常に多い。

私にとってはお客様であるので、大変失礼だとは重々覚悟して申し上げるが、とにかく考えが甘いのである。

世間知らずもはなはだしい。

技術を磨かずして、なぜ作品を披露出来ようか・・・・

そんな試行錯誤の上に完成させた、作成者にも完成が予測できないようなパンを出しておきながら、お金までいただく。

これは、試作品で商売をしている事と違うと言えるのであろうか?

お客様はモニターではない。

その事を解らないでいる人があまりにも多い・・・・・


彼と知り合ったのは、私が企業戦士に疲れて別の仕事をしようと訪れた、とある観光施設のパン工房であった。

パンをやる気などさらさら無かったはずが、なぜかそこにはパン工房があり、経歴を見た上司がすぐに指導してほしいと頼み込んできた。

すでにパン職人として工房を取り仕切っていた彼と、また戦わなくてはならないのかと思いきや、すぐに自ら身を引いた。

結局入社後数週間で、他県にある同施設にまで指導に行くはめになり、ここでもど素人がパンを作らされている現実に遭遇する事になり、やりきれない気持ちになった。

数ヶ月して、ようやく元の場所に戻った時には、短期間で数か所のパンを劇的に進化させた功労者として称えられた。

そんなに簡単に技術が身につくものではない・・・・・

また数週間もすれば元に戻ってしまうのに、根本的に素人にやらせること自体が間違っているという私の指摘には耳も貸さない。

この施設に限った事ではない・・・・

素人がパンを焼いている場所なんて、数え切れないほどあるのが実情である。

ましてや、この上焼き立てパン屋までもが知識・技能共に不十分だとしたら、焼き立てパン屋に未来は無いであろう。


私は数年の間、彼と共に工房で楽しい日々を送っていた。

なぜなら、彼はけして私に逆らう事もなく、すべてを任せてくれたからである。

そもそもが大した売上が無かったパン工房において、色々なパンを作れば作っただけ売れ、口コミでパンだけを求めるお客様が施設に来園するようになった。

けして前に出ようとはしなかった彼を、パン職人としてはいかがなものか・・・・と言う気持ちもあったが、もう戦いたくはないという私にとっては、彼は癒しであった。

事実、誰からも好かれる人徳のようなものを彼は持っている。

そして、けして自ら攻撃はしない・・・・・私とは正反対である。

そんな彼なので、多くの友人とブレーンが存在する。

友人の中には、パン屋を見事なまでに成功させている人もいる。

パン屋だけではない・・・・・

色々な商売をしている友人が、とにかく多いのである。

恐らく友人の協力だけでお店が完成することだろう。


彼がお店をオープンさせたいと相談に来た時、私は100%反対した。

なぜなら、彼の製パン技術は、とても人様に披露出来るようなしろものではないからである。

そこで、最低でも一年は今一度勉強し直す必要があるとアドバイスし、一年間の約束でアルバイトとして私の顧問先で勉強する事になった。

頼りないが、憎めない友である。

一年ではどうかとも思ったが、本人が開業を急いでいる様子なので、一年で仕上げるには・・・・・と思いをめぐらせては、彼のお店で出すオリジナル商品のメニューを作り、一年かけてそれを教え込もうと考えていた。

・・・・がしかし、そんな思いは数日で吹っ飛んだのだ。

私は、教わる人間が教えてくれる人間よりも早く職場に出勤するのは当たり前だと考える人間だ。

社員だのアルバイトだのと言う問題ではなく、姿勢の問題だ。

しかし彼は、この一年間で一度も私より早く出勤した事は無い・・・・・

それどころかいつも、誰よりも時間にルーズであった。

私は、休日を使って彼の為に作ったメニューを、共に試作しようと考えていた。

しかし彼は、まったくその事に興味を示さなかった。

彼には、とりあえずオーブンで焼成から教え込もうと考えていたが、気が付いてみれば研修もあと数日と言う所で、いまだにオーブンのみ担当している。

成形を手伝ったりはするが、それ以外の作業にはまったく触れる事もなかった。

彼とは約一年位は、前の仕事で一緒にパンを作っていた。

その頃から、あれやこれやと注意する毎日であったが、それらが未だに一つも治っていない。

それどころかパワーアップしているようにも感じる。

それは例えばどんなことか・・・・・

まずはパンの発酵状態が毎日、毎回違うので、完成品の大きさが毎日違う。

更に焼き色が毎日違うし、火加減もいいかげんである。

天板に生地を並べれば、となり通しがくっついていても関係ない。

目を見張ったのは、焼きこみ調理パンに乗せる具の量が、パンによって数倍違う。

この時はさすがに烈火のごとく怒ったので、そこだけは教訓になったようだ。

食パンのケービングは当たり前。

20本焼けば20本とも焼き色が違う・・・・・つまりオーブンの中の配置がでたらめなのである。

早く焼きたい時は温度をどんどん上げる。

発酵室は、開けると湯気が飛び出すほどの高温多湿であり、中華まんではないと、いつも激を飛ばしてきた。

オーブンの中に空きスペースがあると、別のパンを平気で入れる・・・・つまり、食パンが入っている隙間にフランスパンを入れたりする。

クープなどの技術を要するものに関しては、とにかく毎日バラエティーに富んでいる。

衛生観念がまったく欠如している。

衛生観念のない人というのは、パン屋さんには意外に多いのだが、そんな人が作る物を食べさせられている人が、いったいどれだけいる事だろう。

この事も、相当厳しく言ったので、かなりの教訓になったとは思うが、見ていない所ではどうだか解ったものではない。

分割丸めした生地は、みなひどくボロボロである。

成形した生地には、まったくコシが無い。

パンについて質問をされたのは、たった一度きりである。

ひとしきり書いてきたが、仕込みも、毎日焼いてきたパンのレシピも、まったくそれに触れることなく、ただただオーブンで不安定なパンを焼き続けた一年であった。

なぜ自分は怒られているのか、どすれば技術が向上するのか・・・・

自分なりには感じているのであろうが、だからどうすると言う事もない。

このタイプの人間はまず、物作りには向いていない。

と言うよりも、作ってほしくないと言うのが本音である。

見張られているような一年でもそうなのである。

それが自由の身になったなら、なにをかいわんやである。

彼が私の店のスタッフなら、一日でクビにしていただろう。

そう思わせるほどの人間が、パン屋を開業すると言うのである。

私のもとを去れば彼は自由である。

私がとやかく言えるような事ではないし、もちろん奇跡を信じたい気持ちでいっぱいである。

人間性を生かした商売であるなら、私など到底及ばない才能を彼は持っている。

なので、販売力に関してはむしろ一目置いている。

ただ、現実問題として、彼が素晴らしいパンを作る事だけはあり得ない。

つまり、彼を知る私としては、例えもらったものだとしても、彼が作ったパンは食べたくない。

しかし、世間を見ればどうだろう・・・・・

はたして合格点をつけられるようなパンばかりが並んでいるだろうか・・・・・

むしろ私が厳格すぎるだけで、もっといいかげんでも別に構わないのではないか・・・・・

そんな気持ちにさえなってしまう。



彼は日記を付ける事を常としている。

言われた事は、書き記してあるらしい。

それを、数年後に泣きながら見る事になるのか、はたまた一代奮起して奇跡を起こす事が出来るのか??

それは、もう私の想像を超えた世界なのかもしれない・・・・

大切な友人をこんな形でしか見送れない自分が情けない・・・・

初めからもっと厳しくしておくべきだったか・・・あるいは逆に、もっと友好的に接しておけば、何かが変わっていたかもしれない・・・・・

中途半端に友人であった事が、なんとなく甘えを呼んだのかもしれない・・・・

いずれにしても、もう私の役目は終わろうとしている。

どうか頼んだぞブレーン達よ!!

そして多くの友人達よ!!

彼を助けてやってくれ・・・・・

励ましてやってくれ・・・・

でも、どうしてもどうにもならなくなったら・・・・・・

その時は一緒に酒を飲んでやる。

えっ、・・・新しいレシピはくれないの (^_^;)


大バカ者め~

3 Comments

笑顔 says..."^^"
そんなに考えてもらえた彼は
すごく恵まれていますね

成功を祈るばかりです
2013.07.23 14:32 | URL | #- [edit]
Shen says..."うらやましすぎる存在!"
しずかな朝さんのブログを去年から少しずつ読んでいるものです。ようやく登録せずコメントの方法を見つけたので、そしてこの記事を読んで感情込み上がったのでコメントさせていただきます:お友達はほんとうに恵まれている大バカです!彼自身が助けを求めてくるまではしばらくしずかに見守ってあげて下さい〜
今後カフェ要素を取り入れたミニベーカリーを開きたいと思っています!これからお世話になることがあると思いますが、よろしくお願いします。

2014.09.24 11:53 | URL | #- [edit]
しずかな朝 says..."Shenさん、コメントありがとうございます。"
開業されるのですね。

近況など、よろしかったらまたコメントくださいませ。

2014.09.26 04:08 | URL | #- [edit]

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