捏ね上げ温度は当然大事なのですが・・・・
捏ね上げ温度の大切さというのを、さまざまな所で説明してきたつもりです。
パン生地が、酵母を使って発酵を行うものである以上、この酵母の発酵にはそれに適した温度帯というものがあります。
しかもそれは、捏ね上がりから焼成に至るまでの間、出来るだけ過度の変化を与えない事が重要なのです。
捏ね上げ温度を重要視しない職場もあろうかとは思いますが、その場合は焼き上がるパンの完成度はその日任せの成り行き任せでしかありません。
どうしてそのようになってしまうのですか・・・・・??
と言うような質問に答える前に、なぜきちんと温度を計らないのですかと逆に質問したくなります。
世の中には、発酵という微生物の力を借りた作り方で、物を熟成させていくという食べ物、あるいは飲み物などが多数存在していると思いますが、その全てにおいて、恐らく温度や湿度というものには最大限注意しながら作業を行っていると思うのです。
ほんの少しの環境の違いによって、その完成度は大きく違うものになってしまう・・・・
と言う事は、温度管理などの環境を守るという事が、すなわち高品質なものを作り上げる為の最大の技術であると言えると思うのです。
それら発酵食品の中にあって、パンの発酵は至ってシンプルであり、ごく短時間の管理で行えるものだと言えます。
なのに、なぜか温度管理を重要視しない方々がいらっしゃる。
私自身も、実は何となく温度管理を軽視していた時期が確かにありました。
それは、自分の作業スピードや部下への采配に酔いしれていた頃、全てが自らの勘で行えるという意味不明の自信を持ち始めていた時の事だと思います。
面倒な事はすべて排除し、ただ己の勘により全てを判断していたあの頃。
捏ね上げ温度も発酵時間もまったく関係なく、全ては意のままに操る事が出来るのだという大いなる錯覚に陥っていた時期でした。
大忙しの現場で、更に毎日ほぼ同じ事の繰り返しを行っていると、つい全ては意のままにある・・・・そんな錯覚に陥ってしまう責任者が生まれてしまうのかもしれません。
作業のリズムや効率というものは、忙しい現場においてはとても重要な要素をもっています。
しかし、だからと言って生地の温度管理は勘で行っていいという事にはならないのです。
捏ね上がった生地を、見たりさわったりするだけで、おおよその温度は掴めるものです。
その見た目のおおよその生地状態と温度から、その後の発酵状態を決めていく訳ですが、それはけして悪い事ではありません。
事実、その後の経過を生地状態から読み取ることは可能ですし、その時の生地状態に合わせて、その後の作業をどうすべきか決めていく事になるはずだからです。
と言う事は、結局やっていることは勘による判断なのであり、勘による判断が出来ないようでは、どの道温度を計った所でどうなるものでもないという事になります。
ではなぜ、温度を計るということが大事なのでしょうか?
それはつまり、生地の捏ね上げ温度を計ると言う事は、その生地の出生を知る事であり、その後の生地の生き方を決める為にほかならないのです。
全てのパン生地の温度管理を、勘だけで完璧に把握する事はできません。
出来ていると言うのならば、それは出来ていると錯覚しているだけの事なのです。
様々な環境変化のある工房で、自らの体調も毎日同じはずもなく、しかしその手で触るもの全ては把握できている・・・・
と言う訳にはいかないのです。
だからこそ、結果として商品が不安定になるのです。
経験による勘というのはとても大切です。
しかしそれは、時に自分の都合の良いように解釈してしまうという難点もあるのです。
どのような状況下であれ、きちんと温度を計っておけば、それが間違いのない事実としてその後の発酵状態を予測する事ができます。
それ以上の安心はないと言えると思いませんか?
捏ね上げ温度そのものを勘で判断することよりも、温度を計った後確認の意味で生地に触れ、自分の勘の精度を確かめる事の方がよほど自分の役に立つと思います。
生地の捏ね上げ温度は必ず計るようにする事、それはほんの15秒足らずの時間で済む問題なのです。
それがまずスタートとしてあり、そこからがパン作りの難しい所なのだと思います。
そんなパン作りの難しい部分に触れるような質問がこれです・・・・
うちの工房には残念ながらエアコンがありません。ですから夏場はオーブンの前などは40℃を超える事もざらです。
捏ね上げ温度が重要だとよくおっしゃられますが、うちでは季節によって捏ね上げ温度はかなりちがいます。
そうしないと真夏や真冬にはまともなパンにならないからなのですが、既定の捏ね上げ温度にしないと良いパンにはならないという先生のご意見からすると、私のパン作りは間違っている事になるのでしょうか?
まったく間違ってはいないと思います。
さらに、既定の捏ね上げ温度というのは、既定の温度管理のもとで発酵時間をとることを前提として考えられています。
つまり、24~28℃で捏ね上げられた生地を、24~28℃の場所で保管出来る事が前提となっている訳です。
仮に、28℃で捏ね上がった生地があったとして、その生地を40℃近い場所で保管して置いた場合、毎分温度は上昇し、恐らく1時間後には5℃以上上がってしまう事になるでしょう。
そうなった場合、まともなパンには当然ならないはずです。
ですから、発酵条件がある意味劣悪な場合には、その状況に合わせて捏ね上げ温度をコントロールする事は当然必要な事だと言えるのです。
しかし、上記でも触れましたが、パン生地の発酵環境と言うものは、出来るだけ温度変化を避ける事が理想となりますので、そもそも40℃近い発酵環境そのものを何とかしない事には、それなりのパンの完成となると言わざるを得ません。
温度や湿度などの環境が違う国々では、それぞれ自分達の暮らしている地域の環境に適した作物を作っている事はご存知だと思います。
暑い場所ではそれなりの作物が育ち、その作物を寒い国で育てる事は不可能ですよね。
だからこそ、四季のあるわが国では寒い時期にはハウスなどで温度を管理して、一年を通して安定した作物を作ろうと考えられているのだと思うのです。
40℃近い環境で、ましてや発酵だけではなく分割も成形もその温度帯の中で行うと言う事は、その間の酵母の活動は凄まじいものであると推測されます。
だからと言って、捏ね上げ温度が極端に低い設定の場合、または冬場などに極端に高くした場合、安定的な風味を生む事は非常に困難であると言わざるを得ません。
こういう環境だからこうする・・・・
というような生活の知恵はとても大切な事だとは思いますが、果たしてそれが酵母菌に通用するかどうかは疑問です。
酵母菌の側からすると、暑い寒いにも限度があると言われそうです。
それはいったい何度から何度までなのかは正直解りませんが、凄まじく寒い、又は凄まじく暑い環境の中で分割や成形をされていくパン生地というのは、その季節によって大きく違った品質を生んでしまう事だけは間違いないと思います。
人間の為ではなく、美味しいパン作りの為に是非エアコンを購入していただきたいと思います。