ベーカリーアドバイザーの部屋

難解な製パン理論を、楽しく解説。 どうして??と思ったらのぞいてみて下さい

地球に寿命があるのだとしたら・・・・・

前回は、完全無農薬のリンゴ作りに成功された木村秋則さんをご紹介しました。

木村さんを題材とした映画をご覧になった方も多いのではないでしょうか?

このブログをご覧の方々の、どの位の人が木村さんの存在を知っているのかは解りませんが、今ではあまりにも有名になってしまったので、恐らく知らない人の方が少ないのではないかと思っています。

しかしながら、今回も木村さんについて・・・というよりも、木村さんが体験された、数々の不思議な出来事を紹介しながら、私達はこれからどのように、食というもの、そして自然との共生というものを考えていかなければならないのか・・・そんなことに少しだけ思いをはせてみたいと思います。

木村さんについては、ご本人が執筆されたものを含めて6冊以上の書籍がありますので、興味のある方は是非呼んでおいた方がいいと思います。

私がここで、書籍の内容について、どのように細かく説明したとしても、ご本人の書かれた内容を確実に伝える事は出来ないと思いますし、木村さんと言う人となりを、ご自分なりの解釈で理解して行く事をお勧めしたいのです。

木村さんは、農業というものの根底にある、人と自然の本来の接し方のようなものを、自らの体験を通して感じ取った、数少ない人間の代表的存在だと思います。

一人の人間の発見や発明というものにより、今の私達の文明は、恐ろしいまでに進化をしてきました。

様々なジャンルにおいて、人間が考え、そして作り上げてきたものによって、今の私達は間違いなく、とても便利で、そしてとても快適な生活をおくっていると言えるのではないでしょうか。

しかし、違う方面から現在の生活を見てみると、明らかにこの数十年の間に、今までには無かった気象の変化や、四季の移り変わり、作物への被害や漁業の変化、病原菌や細菌による感染などなど、様々な数十年前とは違った何かを感じ取っていると思うのです。

地球の温暖化が巻き起こすと言われている、様々な自然現象の変化と言うものは、世界各国がその問題点をすでに把握しているにもかかわらず、相も変わらず人任せ主義を脱する事が出来ないでいます。

自分達の国はこれ以上は無理で、出来るとしてもここまでだから、後はそちらが頑張るべきだろう・・・・というような、要するになすり合いでしかないのです。

地球という一つの星に住んでいる人類として考えれば、家族や兄弟でなすり合いをしているようなものであって、結局は何も解決の方向へ向かってはいません。

ではなぜ、最終的にはどうなってしまうのかが解っているのにもかかわらず、すぐに手を打とうと言う気持ちにはならないのでしょうか?

それは、今すぐにどう・・・ということなのではなく、じわじわとやってくるものであるという考え方が、人間の根底にあるからだと思うのです。

その考え方は、どんなに偉い学者さんであっても、または私達一般庶民であっても、そのほとんどの人が、徐々に解決していかなければならない問題であり、いずれ誰かが何かをあみ出して、解決してくれるはずだという、にわかな期待を持っているからかもしれません。

いずれにしても、私達人間の文明が、ここの所やや過剰に発達し過ぎて、その事が自然環境を脅かしているのではないか・・・・

ちょっと調子にのりすぎているかな???・・・・

少しだけだけど、今出来る範囲でゴミの分別をしたり、マイ箸を使ったり、マイバスケットを使うと言う事で、私たちなりには自然に対してお詫びをしているつもりでいる。

でも本当は、そんなことで解決出来るような問題ではないと言う事は、誰でもが解っているのではないでしょうか?

ここ30年位の間には、恐らくはこの世からいなくなっているであろうと考えている年齢の人が、たくさんいると思います。

どうせその頃には死んでるんだから・・・・そんな思いもよぎるはずです。

相反して、今まさに生まれたばかりの子供や、少年少女を抱える大人は、これからの子供達の未来の為に、本気で考えていかなければならない、最も重要な問題だと思うのです。

自分の家や学校や幼稚園、あるいは職場がいくら安全だからといっても、所詮それは地球という星が健全であればのはなしです。

もしもこの地球が、人の住めないような温度になったら、その時点で人間と言う生き物はおしまいでしょう。

約46億年前に地球が誕生し、約40億年前位から海が出来て、生命が誕生したと言われています。

それまでに無かったものが生まれ、やがてそれは絶滅の時を迎える。

人は誰しも必ず死を迎える。

どんなものごとにも、必ず終わりの時は来る・・・それが時の流れというものなのかもしれませんね。

いざとなれば人間も、覚悟を決めなければならない時が訪れることになるのかもしれません。

だからといって、何もしないでその時を待つほど人間は愚かではありませんよね。

必死になってあがいてあがいて、少しでも良い方向に向かうように何かを考えていくのが人間と言うものだと思うのです。

そしてまさに今、自分の事はどうでもいい、これからこの星で生きていかなければならない人々の為に、農業と言う自然からの恩恵に、感謝しながら生きる事を教えて歩いているのが木村さんなのです。

このように書くと、随分とスケールの大袈裟な話だと思う方もいらっしゃるでしょう。

私自身も、もちろん木村さんという一人の人間がなにかをしたからといって、地球が救われるのだということまでは考えていません。

ただ、木村さんがたどってきた道、そして誰しもが成しえなかった無農薬リンゴの栽培と言う現実を知る限り、農業という自然との共生を通して、地球人としてこれから何をしていかなければならないのかのヒントを、私達はもらえると思っているのです。

木村さんは、農業というものについて、今までは常識としてとらえられていた事や、専門書に書かれている農業の知識と言うものに関して、実際にはほとんどが間違っていたと言う事に気付いたそうです。

なぜ気付く事が出来たのか?

それは、無農薬のリンゴを作る為に、10数年と言う月日を、ほとんど畑の観察に費やしていたからです。

森を見て、木を見て、土を見て、葉っぱを見て、虫を見て、病気を見て、それまでは常識とされていたリンゴ作りや、米や野菜などの様々な作物の作り方が、実はことごとく間違っていて、それは自然の生態系をも脅かしてしまっているのだと言う事を悟るのです。

いったいどれだけの人数が、農業にたずさわっている事でしょう。

その人達があたりまえのように行ってきた農業が、なんと自然を破壊していることになると悟ってしまったのでした。

本来ならば、このような事を言う妄想論者というのは、あまり世間の脚光をあびることはありませんし、どこにでもいる変わり者で終わってしまうものですよね。

しかし、木村さんのそれは、妄想とか非現実的などと言う言葉では表せないような、壮絶な実体験から生まれた考察なのであり、もうその存在は、世界的な農業指導者になっているのです。

木村さんの視点は、農薬は危険であるとか、食の安全を守るには・・・・というような、今まで何かと話題になってきた人間中心の考え方、人間の健康を守るには・・・というような視点では済まないのです。

農薬を使うと何が危険で、だから有機農法で、無農薬で・・・・

その様な視点の話なら、今に始まった事ではありませんよね。

農薬が身体に良くないというのは、消費者であれば誰でもが気にしている項目の一つでしょう。

世の中には、有機農法とか無農薬野菜というものが非常に多く出回るようになり、一見安全安心な農作物が増えてきたかのように喜んでいる方も多い事でしょう。

しかし、実際には様々な食品偽装などに代表されるように、いわゆる嘘が多く出回る事にもなっています。

農薬散布の回数を少し減らしただけの、なんちゃって無農薬というのは非常に多いのです。

市場に出回っている野菜を、その都度すべて検査するなどと言う事は、出来る訳がありません。

だからという訳ではないと思うのですが、はじめは無農薬でやっていても、そのうちに害虫被害が多くなり、少しづつ農薬を使うようになっても、特に誰かに指摘を受ける訳ではありませんので、何となくそのままになってしまう・・・

スーパーなどで最近良く見かけるのが、生産者の写真入りプライスで、私が作った安全な野菜です・・・というもの。

ケチをつける訳ではないのですが、その農家が本当に完全無農薬かどうか、そしてそれがいまでもきちんと行われているのかどうか、それをわざわざ確かめに行く人と言うのは、あまりいないのではないでしょうか。

もっと言うと、無農薬の野菜を作っている人のすべてが、農業に精通しているとは言えないと思います。

パン屋さんだって、全てのお店が経験豊富なプロフェッショナルのお店だと言う訳にはいかない訳ですから、当然の事だと思うのです。

するとどうなるかと言いますと、作物には意外と多くの害虫や病気に侵されている事があるにもかかわらず、それが普通に売られていて、私達は安全だからという事で、特に気にする事もなく体内に入れてしまう。

害虫や病気の毒素というものが、以外にも多くの被害を人体にもたらすと言う事を、知らずにいる消費者は多いのです。

そして知らずのうちに下痢や腹痛に悩む事になり、それを食べ合わせや、食べ過ぎなどが原因であろうと勝手に解釈している事が多いはずなのです。

他のカテゴリで、天然酵母の意外な危険性や、安易に無添加をうたう事の怖さを書いてきたつもりですが、薬物を使うそもそもの目的が、害虫や病気の発生を抑える目的である訳ですから、それを使わない場合の害虫や病気への対応をきちんと理解した上で行うのではない無農薬は、極めてずさんな安全神話であると言えると思うのです。

また、有機農法ということでは、農家独自の堆肥を使われている事が多いと思います。

これはパン屋さんで言えば、オリジナルの天然酵母であると言う事になるでしょう。

しかしその点も、あくまで扱うのは菌という微生物になります。

全て目で見て解る・・・と言うようなものではありません。

きちんと熟成がなされていない堆肥を使って作られてた作物は、病気や虫の毒に侵されている事があるのはもちろんの事、本来ならその作物にあるはずの、ビタミンやミネラルが欠乏していると言う事も非常に多いのが実情なのです。

あるべきものが欠落した作物というものは、収穫後に酸化が進みやすくなります。

つまり、健全な堆肥で作られていない作物と言うのは、様々な毒素を多く含み、カビや細菌の繁殖が起きやすい作物になってしまうのです。

これでは、まったく本末転倒であると言うほかはありませんよね。

農薬なら、例えわずかに残留していたとしても、しっかりと水洗いをすれば、ほぼ取り除く事が出来ると言われています。

科学的に配合された肥料と農薬によって、病気や害虫などの被害が無い作物というのは、体内に害虫から身を守るための毒素を蓄える必要が無くなります。

しかし、なんちゃって堆肥によって、病気や害虫から守られていない作物と言うのは、体内に毒素を作る事で身を守る以外になく、その毒素というのは、そのまま人間の体内に入り込み、蓄積されて発癌物質となることもあるのです。

その様に考えると、ただ単に農薬がいけない、化学肥料がいけない、ということを唱えるのではなく、相互作用により何が守られ、何が本当に危険で、どうするべきなのかを解明する必要があると思うのです。

今までにも、食品添加物は危険で、化学合成はあぶない、だから天然・自然なのだと、時代と逆行するかのような論調の書籍は、いくらでも読んできました。

しかし、木村さんの書籍から感じる思いと言うものは、そんな生半可なものではありませんでした。

なぜ一人の農家の、歯の無いおじさんの文章から、そこまでのものを感じてしまうのか・・・

その事については、次回お伝えして行きたいと思います。

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