ベーカリーアドバイザーの部屋

難解な製パン理論を、楽しく解説。 どうして??と思ったらのぞいてみて下さい

私と信仰

恐らくこのブログでは、初めて触れるテーマだろう。

私が、信仰に対する自分の気持ちを書いたり、人に伝えると言う事は、今までの自分ではあり得ないことであった。

何故かと言えば、そんなことをしたら、きっと大きな罰を受ける事になるであろうという思いがあったからだ。

私が、その頃行っていた信仰から気持ちが離れてから、約15年位経つであろうか。

ようやく現在に至って、いわゆる罰の恐怖から逃れる事が出来たと言う気持ちで生活出来ている自分がいる事に気が付くのである。

罰といっても、何か悪い事をして罰を受けるという類のものでは、もちろん無いのだが、信仰をやめる事、信仰心を捨てる事自体が、罰を受けるに値すると教えられてきたからこそ、その恐怖は数十年にわたって、まるでトラウマのように私に付きまとってきたのであった。

しかしそれがようやく解けて来て、いわゆる洗脳から脱した気持ちがするのである。

そして今では、客観的にその信仰に対して向き合えるほどになった。

信教はあくまで自由だ。

何を信仰しようが、やめようが、すべて自由でなくてはならないはずではある。

しかし実際にはそう簡単なものではない。

本来であれば、人々の幸福を実現するために存在する信仰であるはずが、現実には金儲けの材料となりさがっているものもあれば、信教の違いによって起こる戦争もある。

信仰は、時に心の拠りどころであり、時に願いをかなえてもらえる有難い存在でもあり、かと言えばオームのような間違った方向へと走る妄想集団になることもあり、他人の弱みに付け込む悪徳業と変わらないオカルト集団がいるなど、実に無数に存在していて、それは確実に私達の生活に密着していると言えるのである。

つまり、政治や仕事、そして教育や文化の至る所に信仰というものは入り込んでおり、何かに対して祈る、あるいは拝むと言う行為を一度も行った事が無いと言う人は、恐らくいないのではないだろうか。

お墓参りや、初詣の時くらいにしか手を合わせる事が無いと言う人にはピンとこない話だとは思うが、思わぬ信仰に手を染めてしまったが為に、ひどい目にあったと言う人は、数限りなくいることだろう。

現代においても、実に様々な宗派の人達が、自分達の敬愛する信仰に導こうと、日々活動を展開しており、町で声をかけられたり、友人を通して紹介されたり、郵便物がポストに投函されていたりと、何かしらのアプローチを受けた事があると言う人も多いと思う。

現実問題として、どの信仰が正しいもので、どの信仰は間違っている・・・・というようなことは判断のしようがない。

なぜなら、本人が良しと感じているのであれば、例えそれが金儲けのインチキであったとしても、その信仰を拠りどころとして生きている人からすれば、明らかに気持ちの面ではプラスに働くはずだからである。

あからさまにインチキであるということは、客観的に見ればおおよそ解る事が多いと思うのだが、そこが人間の弱い所でもあり、愚かな部分であるとも言えるのではないだろうか。

そもそもが、何らかの悩みを抱えている人が信仰を頼るというのがスタートになる事が多い為に、わらにもすがる気持ちで向き合ってしまうというのが現状だからだ。

諸外国においては、国を上げて一つの信仰を崇拝している国もあるし、地域によって信仰が別れている国もある。

もしそんな国において、信仰を捨てたいと思ったならば、国を出なければならないのかと思うと、日本ではそれほど強制力を持っておらず、個人が自由に選ぶ事が出来るというのは、誠にありがたい事だと思う。

・・・というより、そもそもなぜ人はそうも信仰を頼りにするのだろうか?

日本では、何の信仰も持たない、いわゆる無信論者も多くいると思う。

その様な人からすれば、これから書く事は誠に奇異でしかないと感じるかもしれない。

あるいは、このブログを見ている方の中にも、私と同じ信仰をしてきた方が多くいるはずで、様々な言い分も出て来ると思われる。

しかし、私は自分が行ってきた信仰に対して、誠に迷惑を受けてきたのは事実であり、二度と足を踏み入れたくは無いという思いも本物である。

かと言って、そう簡単にすべてを割り切れる話でもないのが、誠にややこしい所でもある。

そんな、多くの人にはどうでも良いかもしれない私が行ってきた信仰の話を、今回は書いていきたいと思う。

私が生まれた家は、創価学会であった。

その名前は、すでにあまりにも有名ではあるが、いったい何を信仰しているのかを知らない人は多いのではないだろうか。

私は東京で生まれ、両親はとても熱心な創価学会員であった。

私が生まれた当時は、丁度創価学会もいよいよ大きくなっていこうと息巻いていたころであり、その時期を草創期と呼んでいる。

つまり私の両親は、今の大きな創価学会となる基盤を作り、信者をつのり、育てていくというとても大切な時期を、現創価学会名誉会長である池田大作と共に、闘ってきた戦友とも言える存在なのである。

創価学会の規模というのは、皆さんも大体は知っている事と思うが、公明党という政党を持つほど大きいものなのである。

これもよくご存知だとは思うが、日本のありとあらゆる市町村には、創価学会の文化会館なる建物が存在している。

様々な信教の建物は多く存在していると思うが、これほどまでにどの地域にでもあるというのは、まさにその規模を物語ることができる実証であろう。

断っておくが、今回私が書きたいのは、創価学会が正しいのか、それとも間違った宗教なのかを暴くと言う類のものではない。

あくまで個人的な意見として書いているので、読む方には誤解のないようにお願いしたいと思う。

ただし、その内容は私の実体験からきているので、嘘いつわりが無い事だけは断言出来る。

さて、そんな熱烈な創価学会員である両親のもとに、長男として生まれた私は、当然のことながら生まれながらにして学会二世と呼ばれる存在になるのである。

当然のことながら選択の余地はなく、ものごころついた頃には、と言うよりも正確には母のお腹にいる時から、その教育というものは始まっているのである。

創価学会(以後学会と書く)の日常と言うのは、朝の勤行(ごんぎょう)からはじまる。

勤行というのは、他の宗派ではお勤めと言われるもので、要するにお経を唱えるのである。

教本というものがあり、そこにほとんどが漢字の、とても難しい法華経というものが長々と書かれており、それを毎朝毎晩、欠かさずに読む事を勤行というのである。

そしてその勤行の最後に、必ず唱えるのが、学会が最も信仰の核としている題目というものなのだが、これはほとんどの方が知っている事と思う。

南無妙法蓮華経という七つの漢字である。

これをひたすら唱えるのであるが、それを何回唱えたかが非常に信仰の深さを表す指標となるのである。

朝は学校や仕事がある為に、あまり多くは唱える事が出来ない為、ほとんどの場合夜の勤行の後に長く唱えるのが常とされているのだが、わたしにはそれが最大の日々の苦痛なのであった。

しかしそれを真剣に行わないと、悪い子・・・・となってしまう為に、子供ながらに、親の見ている前でだけは真剣なふりをしていたものだ。

私には兄弟が4人いるが、当然4人とも学会二世であるから、家族6人で毎朝毎晩の勤行を欠かさず行うのが日課となっていた。

何に向かって拝むのか・・・・

それは、仏壇に安置してある曼荼羅というものにであり、それを御本尊様と私達は呼んでいた。

御本尊様というのは、読んで字のごとく、それを本尊として敬う、祈りの対象物なのであるが、紙に南無妙法蓮華経と書かれていて、その他にも無数の神々の名が書かれているというもので、それを直に手で触れたりする事は出来ず、やむなく触れる場合は手袋をはめて行う。

一般的な仏壇というのは、同じように曼荼羅が中央に飾ってある物や、仏像などが置かれた物が多いと思うのだが、学会の仏壇では御本尊様を安置した場所には必ず扉があり、その次にもまた扉があるなど、勤行の際にはしきみという葉っぱを口に加えて、御本尊様につばなどが飛ばないようにしながら扉を開け、そしてご開帳した御本尊様に対して勤行を行うのである。

仏壇のある部屋で暴れたり、大声を出すなどはもっての外で、あくまで神聖な場所としてあがめたてまつるものなのである。

毎日行っている方からすれば、日常の風景なのであるが、新聞配達の人、郵便配達の人、その他友人が遊びに来ている時などは、”いったいなに????” と、気持ち悪がられたりしたものだ。

なぜなら、基本的には大きな声ではつらつと行うものであるので、どうしても近所迷惑になる事もあり、広い一軒家の人は良いのだが、アパートなどの場合は気を使う事となるのであった。

学会の目指す所というのは、ほとんどの宗教や信仰が皆そうであるのと同じく、世界平和である。

その為に日々行っているのが勤行であり、解り易く言えばこれが修業の一つとなる。

これが例えば念仏宗であれば、南無阿鼻陀佛であり、キリストであればアーメンであったり、讃美歌であると言えるだろう。

全ての宗教にはこのように題目というようなものがあり、それを唱える事で仏と会話する、神と会話する、というように、仏や神と心を通わせる為のツールとなっているのである。

そして学会における日々の活動には、勤行や題目を唱えると言う事以外にも、大切な事がたくさんある。

その中で一番大切な、世界平和を達成するための手段であり行動としているのが、折伏(しゃくぶく)という布教活動なのである。

この布教活動は、学会のみならず、いかなる宗教であり団体であり、同じ考えの人を増やす為の活動なのであるから、当然ここに重きを置いていることになるのである。

勤行などを行って、自ら修業し自らを高めるだけでは、世界の平和はおとずれない。

それを広く流布していくことこそが、世界平和への実現につながるのだと言うのが学会の教えなのである。

その事を学会では広宣流布といい、学会員はその為に日々活動を行っているのである。

その点のみを見れば、とてもすばらしい理想を実現するために活動する集団であり、間違ってもインチキ宗教でないことだけは言えると思う。

しかし、いかなる優れた理想も、行うのは人間である。

はじめは誰しもが世界平和を望んでいるはずなのであるが、そこに政治やお金がからんでくることにより、人間の醜い部分が出てきてしまうのが、信仰の難しい部分であると言わざるを得ない。

信仰というものには、必ず対象物が存在する。

つまり、何に向かって拝み、何を教えとしていくのかということになる。

学会の教えはすべて日蓮大聖人の教えなのであるが、皆様もご存知の通り、創価学会でなくても、自分の家の仏壇やお墓やお寺などで、日蓮という名前は聞く事が多いと思う。

では、どの日蓮も同じ日蓮なのかというと、同じである事は確かなのだが、問題は正当なる継承者であるかどうかだということになるようである。

北斗神拳が一子相伝なのに対して、ケンシロウとラオウが継承者争いをする漫画が有名だが、日蓮の教えも、長い年月の間に歪曲されたり、自分の好みに解釈を治したりして、日蓮という名前だけは継承している宗派は多いのだが、本当の日蓮の考え方を唯一正しく継承しているのが創価学会なのだと言う事なのだ。

それは歴史上はっきりとされている部分であり、その日蓮が書き残した様々な弟子に対しての指南書のようなものが、学会のバイブルになっているのである。

これがいわゆるキリスト教で言う所の聖書にあたる。

そして、当時の日蓮の弟子のなかで、唯一正当な継承者として日蓮に認められた僧侶が受け継いできた宗派を日蓮正宗といい、その他の日蓮の継承者だといわれる宗派の全ては、日蓮宗と名乗っているのである。

この字を見ても解るように、日蓮宗があちらこちらに存在するのに対して、確かに”日蓮正宗”と言う宗派は一つしか存在しないのであった。

学会では、この聖書にあたる御書というものを教義として日々勉強し、日蓮正宗創価学会として長きにわたり、日蓮正宗の寺院を崇拝し、お守りし、聖地として敬ってきたのだが、何としたことか、第67代法主の日顕がとんでもない行動にでるのであった。

そもそも、この日蓮正宗の総本山というのは、学会員の教えの根本を継承してきた唯一の存在である為に、この地にお参りに行く事が、当時の学会員の一大行事であり、その参拝者の数と御寄附の金額は、想像以上のものになっていたはずなのだ。

それを日顕は、日々豪遊を繰り返し、学会員の血と汗の御寄附で私腹を肥やすという暴挙に走り、それを期に学会は、宗派からの離脱を行う事となった。

いくら人間が醜い心を持っているとしても、なぜ法主がそのようなことになるのか、当時の私の頭の中では想像すらできなかった。

ただ、組織が大きくなれば、必ず良からぬ事を考える輩もでてくるものだという根拠のない思考だけがよぎるのであった。

そして、それが組織の中心者的立場の人であればある程、これは会員にとっては正に辛い事になるのは当然であろう。

当時、ならばといって学会を離れた人も多かったと記憶しているし、不信感を持った会員は多かったはずだ。

ただ、そんなものにまどわされて、本当の目的を見失い、学会を離れることこそがおろかなのだという信者も多かったのも事実である。

そして数年後、それが今度は公明党の党首までもがお金にまみれていく事になるのである。

政治やお金がからむと、人間と言うものはかくも弱い生き物なのかと思い知らされてしまうのであった。

・・・・ということで、相当長くなりそうなので、続きは次回に・・・・・

Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

trackbackURL:http://sizuasa.blog44.fc2.com/tb.php/400-94f12807
該当の記事は見つかりませんでした。