ベーカリーアドバイザーの部屋

難解な製パン理論を、楽しく解説。 どうして??と思ったらのぞいてみて下さい

私と信仰 その2

人は何故、信仰を求めるのだろう・・・・・

何か拠りどころが無いと、不安だということなのだろうか・・・・・

学会二世としての生活を余儀なくされてきた私の経験からすると、へたな信仰を持たない人々の方が、よほど自由に神社にお参りに行くことが出来たり、へたな先入観や教義の違いが無い為に、信仰者に対しても偏見を持たないで済むので、うらやましく感じている。

自らの信仰に没頭すると、それ以外の信仰はすべて邪宗、すなわち誤った教えであると洗脳されるからである。

私の場合、幼少からの記憶にこんなものがる。

遊びに行く家がキリスト教だと、上がってはいけないとか、遠足や修学旅行などで鳥居があると、くぐってはいけないとか、お守りなどはもっての外で、とにかく宗教がからむような場所では、非常に気を使うのであった。

私は、子供ながらによく親に聞いてみた事がある。

「お土産屋さんなどで買ったお守りを持っていたり、他の宗派のお寺などに近ずいたりするだけでもいけないということは、それらにそれなりの力があるってことでしょ・・・・・」

「その力は人を救う力ではないの????」

すると母はこう言うのであった。

「力は力でも、間違った力なの・・・・・それだけに恐ろしいのよ」 と・・・・・

どこへ行ってもお寺や神社というものはよくみかける。

鳥居もあちらこちらにあるが、遊びに夢中でついくぐってしまった時などは、しばらくの間は何が起きるか心配で仕方がなかった。

他人の車に乗せていただく時なども、お守りが付いている車だと、何かが起きるのではないかとヒヤヒヤものだった。

今でこそ様々な宗教が幅をきかせるようになっているが、私の幼少期にはキリスト教くらいしか目立ったものはなかったし、友達やご近所にも、キリスト教の人がたくさんいた。

日曜になると、友達に教会へ誘われたりしたこともあったが、行きたい気持ちはあるのだが、当然断る事になるのであった。

キリスト教の人達は皆優しそうで、私にはとても穏やかに見えてうらやましかった。

しかしそれを母に言うと、それはまやかしであると教えられた。

小学生の当時から、なぜ違う宗派の人の家には上がってはいけないのか、なぜ教会に入ってはいけないのか、なぜ遊びでもアーメンと言ってはいけないのかなどなど、信仰と言うのは実に縛りが多く、面倒だなと感じていた事を思い出す。

学会組織は、年代や性別によって様々に分類されている。

当時と今では若干の違いはあると思うが、小学生は少年部、中学生は中等部、高校生は高等部、大学生は学生部、そして社会人になると青年部となり、45歳位からは壮年部となり、一般の定年ほどの年齢になると指導部となる。

それぞれが男女に別れており、青年部は女子部と男子部、そして女性は女子部を過ぎると婦人部となる。

そんな中でも、とりわけ活動が活発なのが、エネルギーがある男子部ということになる。

一般の組織のように、それぞれに部長とか本部長というように役職があるのだが、その役職を得るのには条件がある。

私としては、そのあたりに一番肝心なのは信仰心の強さなのではないか・・・・・などと思ったものだが、やはり組織となるとそう単純なものでは済まない。

その指標となるのが、前回書いた折伏という布教活動によって、何人この信仰に入れる事が出来たかということである。

さらに重要なのは、教学と言って、これも前回書いたキリスト教で言う所の聖書にあたる御書を、どの位勉強しているかということである。

この教学と言うのは、当時は毎年教学試験というものがあり、それに合格すると助師・講師・教授などという位をもらえるようになり、どの位を持っているかが、その人の教学のステータスとなるのである。

そして更に大切なものがある。

それは、新聞啓蒙といって、いわゆる皆様良く御存じの聖教新聞を、何人の人にとってもらっているかという数が重要視される。

なので、私のように学会の家に生まれ、いやおうなしに生まれた時から学会員である境遇というものは、学会においてはサラブレッド扱いになり、嫌でも幹部になる為に頑張る以外に道はなかった。

小学生のころから毎日御書を勉強させられ、中学生位からは新聞も友達に薦めたし、学会がほぼ毎月行っている座談会という会合には、良く友達も誘った。

そして、よくきみ悪がられた。

御書と言うのはとても分厚く、そして字がとても小さく、ほぼ全てが漢字で書かれている。

一ページ読むのに、別の解説書などを見ながら訳していくので、1時間以上もかかる。

そんなものをず~っと勉強させられるのだが、正直面白くもなんともなかったし、大嫌いであった。

前回も書いたが、南無妙法蓮華経という題目を、何遍唱えるかというのが最大の修業である為に、それも少年部という小学生の頃から、題目表と言うものを付けられ、何遍唱えたら表に色を塗るみたいなことを散々やらされた。

友達が遊んでいるのに、自分はどうでもいい題目を、ずっと仏壇の前で延々と数時間にわたって唱えなければならなかった。

私の家は、毎月の座談会の会場として使われていたので、その日になると数十人の学会員達が集まって、題目だ学会歌だと大騒ぎであった。

とはいえ、平屋の一軒家の借家であった為に、そんな日は私達子供は押し入れで寝かされる事となるのであるが、当然うるさくて眠れるはずもない。

座談会という会合は、創価学会の伝統行事であり、その場に何人の会員、または友人が参加したかがとても重要となる。

いかなる会合もそうであるが、人数は常に把握され、何人を結集したかは毎回集計して本部へ報告するのである。

なので、その座談会を盛り上げる為に、企画を考える会合や、その他にも男子部だ女子部だという各部の会合が月に何回もあり、その他の日には、あまり熱心に参加してこない学会員の家に家庭訪問に行くのであった。

私は小学校では地域の少年部の部長、中学校ではかなり広い地域の中等部長、そして同じく高等部部長を歴任し、ほぼ毎週日曜日には会合に参加していた。

なので、その頃になると、学校の部活動に入るのは無理な状態であった。

そんな毎日も、当時はさだめだと思っていたし、何よりもそれ以外の生き方を知らなかったし、親孝行している実感というのもあったことは事実なので、それなりに一生懸命に信仰に励んだものだった。

男子部になると、仕事との両立がとても大変である。

男子部の会合の多さや活動と言うのは、とにかく半端ではない。

仕事をしている時間以外は、ほぼ学会活動と言う事になる。

やらなければならないのは、自分自身の折伏や新聞啓蒙活動、そして会合の企画や運営、そしてその為の家庭訪問などがあり、パン屋の私は毎日朝が早いのだが、学会活動は夜10時を過ぎても終わる事は無かった。

なので、慢性的な寝不足となっていたりした。

男子部には、他にも二つの大きな役割があった。

一つが牙城会というもので、各地域にある文化会館の当直として当番制で泊まり込むのである。

もう一つが創価班というもので、大きな会合の警備や駐車場整理などを行う担当だった。

この両方を行う事が、とても栄誉のあることとされていた。

とは言え、現実的には日当の出ない宿直と駐車場係である。

これまたそれぞれに訓練のようなものもあり、お金と時間はそうとうつぎこまれることになるのであった。

会合と言えば日曜の度に行われていたので、その駐車場係である創価班になった私は、パン屋の繁忙期の日曜に休まなければならず、ひんしゅくを買ったものだ。

それを幹部に相談すると、自信の信心が弱いから悩むのだと言われ、ちんぷんかんぷんだった事を思い出す。

今思えば、若かったんだなあの頃は・・・・と思うのと共に、そんな過酷は日々の経験は、色んな意味で役に立っているのかもしれないとは確かに思う。

しかし、どうしてもそんな男子部の活動には、徐々に不快感を持つようになっていくのであった。

何が嫌かと言うと、友達を片っ端から会合へ誘い、そして車座になって皆でその友人を囲み、どうだ一緒にやらないか・・・とか、とにかく頑張ってみないか・・・・という訳の解らない論調で、入会をせまるという行為であった。

その為に、ほとんどの友人を失ってしまった。

これじゃまるで狩りではないか!!・・・・・良くそう思ったものだ。

そして何よりも私を嫌な気持ちにさせてくれたのが、選挙活動であった。

御存じの通り、創価学会というのは公明党という政党をもっている。

学会活動を行う学会員と、公明党の党員というのは、名目は別なのだが、実際に行っているのは、つまり党員はすべて学会員なのである。

日頃は特に何を行うということではないのだが、学会員の中からほぼ無理やり数人が、公明党の党員として登録される。

月に一度程度の党の集まりがあるが、それは党の報告会のようなもので、それがどうという事ではない。

問題は選挙が近づくと、学会員は総力を上げて総公明党員となることである。

つまり、通常の学会活動にプラスして、選挙活動がミックスされる事になるのだ。

この選挙期間というのは毎日が地獄で、徹夜もあたりまえというありさまなのだ。

毎日毎日、何人に選挙を頼んだか、どれくらい投票してくれる確率があるのか、それらを集計して報告するという、とても殺伐とした雰囲気になる。

この人達は、本当に世界平和を考えているのだろうか・・・・・

世界の平和の為には正しい信仰が必要で、それを政治の世界にも反映させることで、世の中が良くなるのだというのは解らないではない。

しかし、現実に見えるものは、何人に選挙を頼んだのか、何人に聖教新聞をとってもらったのか、何人に学会に入会してもらったのかという数字だけがステータスになっているという実感。

要するに成果主義なのか・・・・・・

そう思うと、とてもむなしくなるのであった。

私は20歳で結婚し、二人の子供をさずかった。

しかし、学会活動が忙しくて、あまり子供の面倒を見てあげる事が出来なかった。

当時の給料はとても安く、子供が二人いても月に十二万円程度の手取りしかなかった。

しかし学会活動はすべて自腹である。

幹部になると、成果の上がらない地域に派遣される事も多々ある。

車で数時間もかかるような場所へ、毎日行く事になるので、ガソリン代も大変だ。

しかしそれらも、この信仰をしていれば、必ずなんとかなると常に幹部に指導されてきた。

確かに今現在も元気なので、何とかなっていった事は確かなのだろうが、それはそれは貧乏な毎日であったし、女房子供には不自由をかけたと言う思いがとても強く残っている。

学会の教えの中には、よく宿命転換という言葉がでてくる。

いかなる境遇であっても、必ず良い方向へ転換出来るというもので、それは今世にかなわなくても、必ず次に生まれ変わったら転換出来るのだという教えなのである。

人生は一度きりなんだから、やりたい事はやらなきゃというようなことを良く言う人がいるが、学会では過去も現在も未来も皆一緒なのだと説いているのだ。

だから、例えどのような不幸な一生のように思えたとしても、この信仰を貫いてさえいれば、必ず来世は報われるのであると言う教えなのだ。

そして、今現在不幸な人というのは、過去の行いが原因なのだから、その報いを今世で洗い流さなければならない、その為の学会の活動なのだと言うのである。

今思えば、何となくそうなのかな??と思える部分もあるし、現実に行っている学会の活動というのは、世の為人の為、そして何より自分自身の幸福感の為になっていることは確かかもしれない。

しかし、ごく客観的に考えるならば、自分の過去を正確に知る事は誰にも出来ないし、自分の生まれ変わりを知る事も不可能なのではないだろうか?

人の道としての道徳という考え方に照らせば、学会の活動も、またはその他の様々な宗教も、人の幸福を考えて行われていると言う意味では間違ってはいないと思う。

しかし、それをやたらと啓蒙したり、活動の為の資金を集めることの間に、人間の欲望が入り込み、本来の目的から遠ざかってしまう組織になることがあるのだと思えてならない。

また、それぞれにいわゆる教祖と呼べるような人が存在する事になるのだが、所詮同じ人間である。

その人間が考えた事が、世の中の何よりも正しく、唯一の教えなのだというのには、はなはだ疑問を感じてならない。

あいも変わらず政界進出をもくろむ宗教もあるが、誠に御苦労さまと言いたい。

話は戻って、そんな学会不信の気持ちを持つ者が、学会バカの両親と上手くやっていけるわけがない。

そんなこんなで結局家を出る事になり、その後段々と疎遠となっていった。

兄弟達の中には、一生懸命やっているやつもりれば、私同様まったくやらなくなってしまった奴もいる。

しかし、だからといってやっている奴が幸せで、やっていない奴が不幸だというようなことはない。

この信仰を離れると言う事は、両親を裏切る事になるのだという罪悪感をず~っと持ちながら、気が付けば幼少の頃から嫌で嫌でたまらなかった学会活動を、無理やり行っていた気がする。

両親にはとても愛されていたし、私も両親をとても尊敬し愛している。

しかし、創価家族という言葉があるのだが、私はその家族を裏切ったことになる。

なので、そう言う意味では最高に親不孝を侵してしまったことになり、兄弟からもそのような目で見られていた。

父は信仰者らしく、人命救助という尊い最後を遂げ、母親は現在も熱心な信者である。

それでもようやく最近では、学会を裏切った息子をも受け入れられるようになったようで、先日一緒に旅行に行ってきた。

私にはその気持ちは解らないが、母は学会員はすべて家族だから、その家族愛に包まれて毎日とても幸せだと言っている。

同じ信仰であっても、こうも受け取る側の考え方や境遇などによって価値観が違ってくるのだなと、改めて痛感する。

そして思うのは、教えも修業も、人の道に照らして考えれば解るはずだということだ。

どう考えても人の道としておかしいのではないか・・・・??

そう思ったら、客観的な視点に立ち、一度離れてみることで見えて来る真実があるかもしれないと私は思う。

人が集まれば組織となり、その運営の為にどうしてもお金が必要となる。

学会も、毎年全会員から一万円の寄付を募っている。

最低が一万円なのだが、その金額の多さが、信仰心の強さを表すかのように、幹部ほど多く寄付するのである。

うちの両親は、車を買える程の金額を寄付した事もあったし、毎年いくら寄付できるような経済状況になったかというようなことに、一喜一憂していた。

多く寄付できる人は、素晴らしい境涯を手に入れたと言われるのである。

それだけではない・・・・

大きな会合を文化会館などで行う度に、熱心な信者はその都度寄付をするのである。

学会では、これらの寄付をすることを広布部員になると表現しているのだが、毎年少しずつでも金額を多くしていく事が、正規の学会魂であると教わるのである。

これでは黙っていても儲かって仕方が無い仕組みだともいえるのだ。

その他にも数多くの出版物があり、学会員はそれを全て買っては、啓もう活動に使用するのである。

それらを合わせた収入の多さは計りしれない。

その計り知れなさゆえ、悪事を企むものが出てきてしまうのではないかとも思えてならない。

宗教法人というのは基本無税であるのは皆様御存じのことだろう。

これがいわゆる坊主丸儲けという言葉につながるのだが、いっそ税金を取るべきではないだろうか。

それだけで、国の税収は相当助かる事になるし、それを福祉に使えば、どれほどうるおうことか・・・・・

しかし、もしそうなったとしたら、宗教の政治利用が加速してしまう事になるのかもしれないとも考えられる。

どこまでいっても尽きない問題なのかもしれない。

今現在も、インチキ宗教に洗脳されて現在進行形の人はいると思う・・・・・

そう考えると、それほど悪い宗教ではない創価学会に生き、あらゆる他宗教の勉強を出来た事は有難いことだったのかもしれない。

今後は老い先短い母と、もめない程度に宗教論議をかわしていきたいと考えている。

ごく普通の家に生まれてきたかった・・・・・

そうすれば、ごく普通に仲の良い家族として過ごせたかもしれない・・・・

そんな思いはあるが、それは母には言えない事なのであった。

5 Comments

紫陽花 says...""
初めまして。
創価学会の話しは、ある程度は知ってるつもりでしたが、ここまで大変とは…
何かを運営するには、それなりにお金が必要なのはわかりますが、度を超えて儲けようとする日本に存在する様々な宗教は、法人税のかからないネズミ講的商売のように感じます。
日本は、政治と宗教で金儲けができる、唯一の国だと聞いたことがあります。
自公連立の今の日本の方向性が、とても不安でなりません。
2014.06.20 07:13 | URL | #bBmFigmc [edit]
かぼす says...""
なんでこのことをブログに書こうと思ったのですか?
2014.06.30 17:29 | URL | #- [edit]
says...""
生まれる家は選べないですよね。
私も親を客観的に見て話せるようになるまで、随分かかったのを思い出しました。
2015.01.16 19:31 | URL | #- [edit]
いしむら says...""
さっさと辞めれてよかったですね
嫌がらせはなかったのですか?
あの曼陀羅とか仏壇はゴミとして
普通に処理していいそうです
紛い物なので
2015.10.08 15:44 | URL | #- [edit]
アリス says..."同感です"
今全く同じ気持ちです。
だからこのブログに行き着いたのだと思います。違う家に生まれていればという思いと、子供達にはそんな思いはさせたくないと言う思いがあります。子供達には会合にしても教学試験にしても自分で判断して行ってもらいたいと思っていました。主人とは意見が違いますが…。できればもうあまり学界とは関わらず静かに過ごしたいです。
2016.10.16 13:42 | URL | #- [edit]

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