ベーカリーアドバイザーの部屋

難解な製パン理論を、楽しく解説。 どうして??と思ったらのぞいてみて下さい

理想の上司になるために・・・2

前回ご紹介した私の理想的な上司・・・


年齢は私より10歳ほど上でしたが、当時の私にとってはその上司の存在そのものがモチベーションアップにつながっていました。

「私を唯一評価してくれた人」

「私の悪い部分ではなく、良い部分を見抜き、新しいステージを与えてくれた人」

それまでは、正直かなり評価してもらえるような仕事をしているという自負はあっても、たまたま犯してしまうミスを叱られる、あるいは出過ぎた真似をしすぎると釘をさされることの方が多く、人間関係・上下関係を優先すると言いたいことが言えない状況を作ることになり、仕事の改善や新たな提案はしにくくなる。

逆に多少出しゃばっても意見を通そうとすると、長いものには巻かれろ的な雰囲気に飲み込まれそうになる。

どうすることが自分にとって、そして会社にとって最も良い道なのかが解らなくなっていた頃でしたので、やるべきこと、進むべき道をきっちりと与えられたことは、私にとって極めて重要なことなのでした。

そんな理想的な上司であった彼は、やはり同じ場所にとどまってなどいられるはずもなく、一年もしないうちに他部署に異動となってしまいました。

しかし私は、残念ではあったものの、すでに彼から与えられた壮大なテーマがありましたので、なんとしても期待に答えるべく毎日を有意義に過ごしておりました。

そして数年後のこと、彼が退職したと聞いたのでした。

彼もまた上司によく意見する人でしたので、組織とはそんなものなのかもしれないなどと考えながら、後のことは私に任せて下さい、そしていつか成果を報告させて下さいと誓いを立てたのでした。

それから数年後のこと・・・・・

なんと彼が会社に再就職してきたのです。

私は嬉しくて嬉しくて、その時の自分の立場を報告することをとても楽しみにしていました。

なぜなら、その時期にちょうどパン事業部長に任命されて活動していたからです。

「あなたにいただいたチャンスによって、私はここまで成長することができました」と報告できるときがやっときたのです。

そして、久しぶりの再開を果たす日がやってきました。

それは、毎週行われている幹部会議の場でした。

斜め前に座った彼と久しぶりに相対した時、心の中でご無沙汰しておりますと唱えながら深く会釈をすると、彼は以外にも素っ気なく軽くうなずく程度で、その後は目も合わせてくれませんでした。

「別人なのか????」そう思いたくなるような、あまりに当時とは雰囲気が変わってしまった彼の言動をじ~っと見ているしかありませんでした。

まあ、はじめての古巣での会議であり、当時とは違う新顔もたくさんいたでしょうから、軽はずみな行動も取れないのかもしれないな・・・・そう思いながら、会議終了を待ちました。

そして会議が終了し、すぐ駆け寄って「お久しぶりです・・・」と挨拶をすると、懐かしいあの笑顔で「ようっ!」と返してくれたのです。

その後ロビーでしばらく昔話に花を咲かせたのですが、そこでは意外な話を聞くことになるのでした。

それは、当時みんなの話しをとにかく親身になって聞く・・・・という彼のスタイルというか技法というか指導法というか、そのことに深く反省していたと聞いたのです。

何故かと言うと、初めのうちは良かったものの、結局最後にはどうでもよい他人の悪口ばかりを聞かされる羽目になったり、自分で判断することを辞めてしまい、なんでもかんでも相談してくるようになったり、もはや仕事とは何の関係もない私生活での悩み相談ばかりになったりと、むしろ士気の低下を招き、我慢のほうが多い人間関係であるはずが、何かあればすぐに相談に行けば良いという風潮がはびこり、最終的には店舗内の人間関係をより複雑にしてしまったというのです。

「人はあまやかすとつけあがるんだよ」

「絶対に愚痴は聞いては駄目だね」

まさか彼からそんなことを聞くことになるとは・・・・とてもショックでした。

更にショックだったのは、当時の私と再就職してきた彼の役職が同じで、私は製造部、彼は販売部という、本来は二人三脚で進むべき立場なのですが、もうすっかり過去の彼とは考え方が違っていて、ひたすら「売れないのは商品がいけないからだ」とか 「〇〇はやる気がないから辞めさせろ」などと、製造部のあら捜しばかりをするような人になってしまい、数年間は対立が続いていくことになるのでした。

人はこれほどまでに変わってしまうものなのか・・・・

それとももともとこんな考えの人で、当時は単に皆をまとめるための戦法であったのか・・・

今の自分がいるのも、間違いなく彼の言葉があってこそであり、そのことだけにはとにかく感謝しなくてはならない。

ともあれ今考えなければならないのは、彼がどういう人なのか・・・ということなのではなく、とにかく自分の受け持つ部門、そして戦友たちを通じて会社に、社会に貢献することだ。

過去はどうであれ、今の自分の立場で出来る最善を尽くすことが過去への恩返しになるのではないかと思うようにしていました。

その当時、私の直属の上司は専務でありました。

この方もとても人間味溢れる人で、実に様々なことを教えていただきました。

私を事業部の部長に抜擢してくれたのもこの専務で、当時私よりも10歳も20歳も年上のパン職人がいる中で、数店舗を管理していた私に対して、「どうせなら全部見るか??・・・」と冗談とも取れるよう言葉をかけられたと思いきや、その後に辞令が回ってきたのでした。

この専務からは大きく分けて二つの大切なことを教えていただきました。

一つは、「自分の技術を磨くことはもうやめろ、部下を通じて成果を上げることを考えろ」というものでした。

組織が大きくなっていく時に、個人の技術だけではやれることはたかが知れている。

いかに同じように動ける人材を多く育てることが出来るかが重要だというものでした。

当時はまだ、それぞれのお店に熟練のパン職人が沢山おり、何かというと競い合うことばかり考えていて、自分の技術は自分のもの、習いたかったら盗めというような考え方がはびこっていました。

そのせいで、若い人材が育ちにくく、それはすなわち旧態依然以外の何物でもありませんでした。

私自身が若いうちから難題を与えられて、それがやりがいであったという事を考えた時、古き悪しき伝統は捨てなければならないと決意し、若い人材を責任者に抜擢していきました。

二つには、「パートさんに認められる責任者であれ」というものでした。

パートとかアルバイトというと、今でこそ主流の働き手ではありますが、当時はまだお手伝いする程度の立場であるとの認識が多かったと思います。

大事な部分は社員が行い、パン職人イコール社員でなければならないというような風潮でした。

専務がよく言っていたのは、「パートさんというのは高齢の方であればあれほど、ご主人が役職を持って働いていることが多いものだ」 「つまり君よりも明らかに年上の偉い人と生活しながら、君のような若造を責任者として認めて働いてくれている大切な人材なのだ」と、パートさんを下に見るような言動行動があってはならないということを教えてくれたのです。

今でこそ当たり前になっていますが、当時はまだ店長とか課長というような役職はほぼ男性社員が行っていたのですが、この専務はお店の店長をすべてパートタイマーの方に統一し、成功を収めました。

パートの主婦の方というのは、接客が得意であり、気配りができ、人を育てることに無理がない。

時に母のようにやさしく、時にお店を守るために毅然とした態度で、近隣との交流も自然体であり、時事にも精通している。

私もこの時の専務の言葉を座右の銘として、多くの女性パン職人を育ててきました。

多くのパートタイマーの女性が働いているであろうパン屋さんでありますが、この方達のモチベーションを保つことは、すなわちお店の安泰に直結していると言えると思います。

オーナー、あるいは店長などとパートさんの仲が良いお店は、間違いなく業績も順調であると言えます。

今の私は、当時の上司のように人を導くような指導力もなければ、当時の専務のような包容力や先見性なども持ち合わせておりません。

ただ唯一実行していることは、どのような職場であれ、すべての人に分け隔てなく挨拶をするということです。

おはようございます・お疲れ様です・よろしくお願いしますを、全体にではなく一人ひとりに必ずするようにしています。

色々な人間関係に頭を悩ませている責任者の方は多いと思います。

なにはなくとも、笑顔で挨拶・・・・

どうか実行してみてくださいね。


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